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月下独酌

書き手:吉田勇蔵  diary「日居月諸」もご高読賜りたく→http://y-tamarisk.hatenadiary.com/  twitter@y_tamarisk

村上春樹『騎士団長殺し』 ―そして父になる

******** 目  次 ********
【おや?】
【回収されない謎】
【再びの地底行と壁抜けの方向】
【メタファー論の提起】
【「南京戦」の挿入―村上氏の社会的責任】
そして父になるが・・・】
【失われた時間軸の行方は?】

 

  ※ ネタバレ有ります。
  ※ 引用文中で下線を付した部分は原文では傍点です。

 

**************************

 

【おや?】
 『騎士団長殺し』第13章の冒頭近くで、免色渉が「私」に尋ねる場面がある。

 

 最初はあてもない世間話のようなものだったが、沈黙がひとしきり二人のあいだに降りたあと、免色はいくぶん遠慮がちに、しかし妙にきっぱりした声で私に尋ねた。
「あなたには子供がいますか?」
 私はそれを聞いて少しばかり驚いた。彼は人に――まだそれほど親密とは言えない相手に――そういう質問をする人物には見えなかったからだ。どう見ても「君の私生活には首を突っ込まないから、そのかわりこちらの私生活にも首を突っ込まないでくれ」というタイプだ。少なくとも私はそのように理解していた。しかし顔を上げて免色の真剣な目を見ると、それがその場でふと思いつかれた気まぐれな質問でないことがわかった。彼は前からずっと、そのことを私に尋ねたいと思っていたようだった。
 私は答えた。「六年ばかり結婚していましたが、子供はいません」
「作りたくなかったのですか?」
「ぼくはどちらでもよかった。でも妻が望まなかったのです」と私は言った。(第1部206~207頁)

 

 そして第39章で同じような問答が繰り返される。

 

 それからしばらく沈黙の時間があった。
「少し個人的な質問をしてもかまいませんか?」と免色は尋ねた。「気を悪くされないといいのですが」
「ぼくに答えられることならお答えします。気を悪くしたりはしません」
「あなたはたしか結婚しておられたのですね?」
 私は肯いた。「していました。実を言うと、ついこのあいだ離婚届に署名捺印して送り返したばかりです。だから今現在、正式にはどういう状態になっているのかよくわかりません。でもとにかく結婚はしていました。六年ほどですが」
「お子さんは?」
「子供はいません」と私は言った。
「作ろうと考えたことはありますか?」
「ぼくは考えたんですが、妻の方がその気になれなかったものですから、延ばし延ばしになっていた。そのうちに結婚生活自体がうまくいかなくなりました」(第2部139~140頁)

 

 ここまで読んで私は「おや?」と思った。何なのだ、この繰返しは。
 日付は明記されていないが、自然描写から判断して、第13章が仲秋の頃で第39章は晩秋である。わずか数週間のうちになぜ同趣旨の会話が繰り返されたのだろうか。免色はまるでボケ老人のように同じ質問を繰り返している。
 重要登場人物の一人である免色渉は54歳で、会話に無駄がなく極めて頭脳明晰な紳士としてのキャラクターが与えられている。しかも第13章の上の会話で、免色は「その場でふと思いついた気まぐれな質問」ではなく、相当に強い関心をもって「私」に、子供の有無そして作る意思の有無を尋ねているのである。わずか数週間のうちに忘れてしまうわけがない。
 免色渉は、昔付き合っていた女が生んだ子供は実は自分の子ではないかと思っている。確信ではないが、その女の妊娠に至る経緯を振り返って、自分の子である可能性が高いと考えている。だから彼は、付き合い始めた「私」が結婚しているのかどうかということよりも、「私」にも子供がいるのかどうかいう点に強い関心を寄せているのだ。なのに、上に引用した第39章の文章では、「私」が結婚していたことは覚えていたのに、子供については数週間前に質問したことすらきれいに忘れているのである。不自然である。
 この繰返しは作者が仕掛けた何かの伏線なのだろうかと私は思った。たとえば免色渉を名乗る人物が実は二人いて、読者を驚かせるような展開がずっと後になって出現するのかもしれないと。
 最後まで読んでも、そのようなオチはなかった。だから単にボケ老人のような質問の繰返しだったとしか考えられない。上に書いたように免色はボケてはいない。では物忘れをして同じ問答を繰り返してしまったのは誰なのだろう?
 第13章はともかく、村上春樹が第39章にこの会話を置いたのは、第42~43章の前奏曲をここで奏でておきたかったからだろう。
 第42章で「私」は別れた妻ユズの妊娠を友人から知らされる。ユズからの伝言であるとして。ユズは妊娠七ヶ月である。「私」は八ヶ月前にユズと暮らした家を出ているから、客観的に見て「私」の子であるわけはない。ユズの新しいパートナー(「私」と別れる少し前から付き合っていた)の子だ。にもかかわらず、ここまで読んできた私は、この子の父親は「私」だと確信した。案の定第43章で、ユズの受胎日とおぼしき頃に「私」がユズとの濃密な性交渉の夢を見たことが思い出される。きわめてリアルな夢だ。村上春樹1Q84BOOK3』(2010年)で描かれた「青豆」の妊娠(「天吾」の子)と同じように、異次元の通路を介しての受胎である。作者の手の内がわかっているのでちょっとしらけてしまう。
 客観的な確証はないものの、主観的に自分の子だと思える子供が存在しているという問題を免色と「私」が共有していること、その前奏を村上春樹は第39章で読者に提示しておきたかったのだろう。免色が数週間前の自分の質問をきれいに忘れてしまって、ボケ老人のような発言をするという不自然さにおかまいなくだ。くどい年寄りは誰なのだろう?
 断言はできない。先述したような何かの伏線かもしれないという疑念はまだわずかに残る。村上春樹は粗製乱造の作家ではない。特に長編小説の場合、初稿を書き終えてから最終稿を脱稿するまでにかなりの日数をかけるのが常である。原稿を寝かせておく期間を経て、入念に推敲を重ねる。編集者もプロの目で原稿を読み込む。そういう背景を考えると、第13章と第39条の繰返しを、村上春樹の筆の誤りだと断定することにも躊躇するのだ。『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』は後日に第3部が公刊されたが、『騎士団長殺し』にも近い将来に第3部が書かれるのかもしれない。

 

【回収されない謎】
 上に述べた免色らしからぬ繰返し発言を仮に何かの伏線であると考えるのなら、その回収先のヒントは第61章にあるのかもしれない。
 免色は13歳の少女秋川まりえを自分の子である可能性が高いと考えている。第61章では、そのまりえが免色の豪邸に忍び込んでクローゼットに身を隠す。豪邸には今彼女と免色以外には誰もいない。だからクローゼットの前までやって来てじっと気配を窺っている男は免色以外の誰でもない。まりえは恐怖心で震えながら、クローゼットのべネシアン・ブラインド越しにその男の足元を見ている。

 

この男は免色ではないのかもしれない、そういう思いが一瞬彼女の頭に浮かんだ。じゃあそれは誰なのだ?(第2部481頁)

 

 その後窮地を脱したまりえは「騎士団長」と言葉を交わす。「騎士団長」はイデア(観念)が形体化した人物で、異界から顕れた存在である。

 

「免色さんは危険な人なのですか?」
「それは説明のむずかしい問題だ」と騎士団長は言った。そしていかにもむずかしそうな顔をした。「免色くん自身はべつに邪悪な人間というわけではあらない。むしろ人より高い能力を持つ、まっとうな人間といってもよろしい。そこには高潔な部分さえうかがえなくはない。しかしそれと同時に、彼の心の中にはとくべつなスペースのようなものがあって、それが結果的に、普通ではないもの、危険なものを呼び込む可能性を持っている。それが問題になる」
 それがどういうことを意味するのか、まりえにはもちろん理解できなかった。普通ではないもの
 彼女は尋ねた。「さっきクローゼットの前にじっと立っていた人は、免色さんだったのですか?」
「それは免色くんであると同時に、免色くんではないものだ」
「免色さん自身はそのことに気づいているのですか?」
「おそらく」と騎士団長は言った。「おそらくは。しかし彼にもそれはいかんともしがたいことであるのだ」(第2部485頁)

 

 だから第13章と第39章の免色のどちらか一方が「免色くんであると同時に、免色くんではないもの」だったと解釈できなくはない。
 だがそのような解釈にはやはり無理がある。そこに作者の仕掛けが隠されていたとするのなら、第13章もしくは第39章のどこかにその不協和音がもたらす緊張感があってもよさそうなものだが、それはない。「私」も数週間前の免色の質問などまるっきり忘れたかのように、同じような問答をのんきに繰り返しているだけである。
 やはり作者の筆の誤りもしくは不必要なくどさ(作者の老婆心)だと思わざるを得ない。断言はできないので、謎のままにしておこう。

 回収されていない謎はほかにもある。「白いスバル・フォレスターの男」とは何者か? それは何のメタファーなのか。免色の心の中にあると「騎士団長」が指摘した「とくべつなスペースのようなもの」に照応するのか。
 あるいは「私」が地底の川の渡し場で出会う「顔のない男」は、「私」の心の深層に潜む何を暗に喩えているのか。
 そういえば「白いスバル・フォレスターの男」にも顔があるようなないような、曖昧である。「私」が東北地方のファミリーレストランで出会って強烈な印象を受けたその男にはもちろん顔があったが、後日その肖像画を描こうとして顔の制作途上にあったときこれ以上なにも触るな、と男は画面の奥から私に語りかけていた。あるいは命じていた。このまま何ひとつ加えるんじゃない」(第1部441頁)と、未完成の肖像画から強い思念を受け取る。「私」は顔の部分を三色の絵の具で荒々しく塗りたくったままでその肖像画を完結する。「私」には騙し絵のように顔が浮かび上がって見えるが、他の人には顔だと判別できない。ただ一人秋川まりえにはその顔が見える。彼女は怯えながら「塗られた絵の具の奥にその人がいるのが見える。そこに立ってわたしのことを見ている。黒い帽子をかぶって」(第2部444頁)と言う。
 この「白いスバル・フォレスターの男」は、「私」の心の深い暗闇に潜んでいる危険な生き物であるらしいことが後の章で説明されている(第2部376頁)が、どうやら東日本大震災とも関係がありそうな気配を暗示している(第64章)だけで、依然として謎のまま放置される。
 あるいはまた、「白いスバル・フォレスターの男」と関連して登場し、「私」と一夜だけの関係を持つ若い女は何のメタファーか。「私」の心の内奥に潜む危険な(たとえば殺人のような)情念を「私」に自覚させる触媒の役目を負っているのだろうか。
 この小説の現在時点は東日本大震災の直後に設定され、物語はそれより数年前の回想として「私」によって語られる。数年前の物語の中に登場した地底の川の渡し場に佇む「顔のない男」は、この小説の冒頭プロローグ(現在時点である)にいきなり現れ、地底で「私」と約束した肖像画の制作を要求する。「私」はまだ顔を持たない人の肖像を描く力がないので戸惑う。「いつかは無の肖像を描くことができるようになるかもしれない」(第1部12頁)という希望の言葉とともにプロローグは閉じられ、本編の幕が開く。
 空中に(あるいは地底に)漂う謎は残されたままだが、急いで回収することもあるまい。物語は一応大団円を迎えて終わっているのだ。出版社の営業戦略としては、いずれ第3部をとなるのだろうが。

 

【再びの地底行と壁抜けの方向】
 穴、地底ツアー、壁抜け、異界の人物、近代史上の出来事(とりわけ日中関係)、美少女、猫(に似たミミズク)、車、LPレコード(やカセットテープ)と音楽、料理、近しい人間の失踪もしくは別離、シークアンドファインド、凄惨な暴力、濃密な性描写と淡白な人間関係の並存等々、『騎士団長殺し』には村上春樹グッズがてんこ盛りである。だからだろう、文芸評論家の斎藤美奈子氏はこの作品を村上春樹入門の最初の一冊にぴったりだと推奨している(朝日新聞3月5日)。
 春樹グッズがちりばめられているから入門書としてふさわしいとは、私には思えない。もし若者が村上春樹を読み始めたいと思うのなら、やはり初期の作品を手に取ってみるのがよいと思う。最初の一冊として例えば短編集『中国行きのスロウ・ボート』(1983年.雑誌初出は80~82年)などはどうだろう。収録されている『中国行きのスロウ・ボート』や『貧乏な叔母さんの話』を読んで村上春樹の心模様に共鳴する人はさらに二冊目に進めばよい。共鳴が得られない人や腹を立てる人は、他の村上春樹作品を読んでも面白くないと思う。どちらがいいということではない。どちらでもいいが、世の中には自分と異なる感性を持った他者がたくさんいるということを受け容れ、たがいに尊重しあいたいものである。軽蔑したり罵倒したりせずに。
 『騎士団長殺し』にてんこ盛りの村上春樹グッズを総覧していると、年末のTV特番で放送されるドラマの総集編を連想してしまう。一年を通してそのドラマを楽しんだ者が、ある種の懐かしさとともに総集編を観るのもその人にとっては一興かもしれない(私はそのような総集編を観たことがないので想像である)。だが本編を観ず単に総集編のダイジェストだけを観ても、ドラマの醍醐味は味わえないだろうと思う。
 『騎士団長殺し』には村上春樹の他作品での既視感が甦る場面が色々ある。異次元の通路を介しての受胎という二番煎じについては先に触れた。ほかにもみてみよう。
 「私」が伊豆の病院の床の穴から地底へ入り込んでしまって闇の中での前進を余儀なくさせられる場面では、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)の「ハードボイルド・ワンダーランド」の部分で描かれた地底の世界が甦ってくる。地底に棲息する邪悪な「やみくろ」との戦いを描いた「ハードボイルド・ワンダーランド」に対して、『騎士団長殺し』で「私」が地底の世界を前進するのは、失踪した少女秋川まりえを取り戻すためである。
 危険の匂いは濃厚に漂っている。やくざで危険な生き物が奥の暗闇に潜んでいることが警告されている。とりたてて邪悪なるものは表面化していないが、地底からの脱出直前にちょっと出てくる。
 四十数頁にわたって長々と書かれている『騎士団長殺し』の地底行の風景は、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」で描かれる壁の中の風景にも似ている。『騎士団長殺し』の地底世界と同じように内閉的な世界で、どちらにも意味深な川が流れている。時間がない世界である。
 ただ過去の作品の繰返しではなく、新たな視点もあり、そこで展開されるメタファー論には興味深いものがあった。これについては後述する。
 『ねじまき鳥クロニクル』(1994~95年)では、「僕」は井戸の底で壁抜けをして異世界に通じる。井戸の底で壁にもたれて、夢を見るあるいは意識を集中して無意識の世界に入るという手法で壁抜けを成し遂げるのだ。
 壁抜けの詳細な実況中継があるのが、今回の作品の目新しさである。危険の気配が漂う地底の世界の森を抜け、「私」は洞窟の壁にあいている横穴に潜り込むことを余儀なくされる。ほかに選択肢はない。横穴の中を這って進むが、穴は次第に狭まり、やがて体よりも小さな穴になってしまう。物理学の原理には反するが、私は無理やり体をねじ込み、全身に苦痛を覚えながらくぐり抜け、ようやく広い場所に出る。
 これが今回の壁抜けで、抜け出た場所は小田原の「私」の住まいの裏手、雑木林にある深さ3メートルほどの謎の穴の底だった。穴の壁には人工的に石がびっしりと埋め込まれているから、自力で登る手がかりがない。かなりの時間が経過してから「私」は免色に救い出され、命をつなぐ。「私」の壁抜けに照応して、行方不明だった秋川まりえも無事に姿を現す。
 『ねじまき鳥クロニクル』での壁抜けは現実世界から異世界へと抜けるものだが、『騎士団長殺し』でのそれは地底(心の深層)から現実世界へという方向になっている。逆である。深層の闇から現実へ戻ってくるには激しい苦痛を伴うということなのか。そして失われたもの(「私」にとってのまりえ)を回復するには、この方向での壁抜けが必要だということなのか。さらにいえば、「私」が体よりも狭い横穴をくぐり抜けてくるようすは、母体の産道を通って生れてくる新生児の姿を思い起こさせる。

 

【メタファー論の提起】
 村上春樹の文章のうまさは卓越している。毎度のことながら、今作でも感心してしまう。巧みな文章の中にはいつも、気の利いた比喩が織り込まれている。今作でもそれは同じなのだが、若い頃の作品に比べて比喩の頻度は少なくなっている。
 並の作家が使う比喩に比べれば、今作の比喩も格段に気が利いてはいるものの、村上春樹自身の過去の作品に比べればややキレが鈍い感じがする。
 例えば、

 

私たちが直面しているのは、関数ばかり多くて、具体的な数字がほとんど与えられていない方程式のようなものだ。何よりもひとつでも多くの数字を見つけ出さなくてはならない。(第2部263頁)

 

 関数方程式? 複数の謎の相互関連という見地に立って、状況を高度な関数方程式に喩えたのかもしれない。だがここで「私」はそんな高度の関連性にまで思いを及ぼしているのだろうか。「関数」ではなく、「変数」ばかりが多い多元方程式という意味合いでこの比喩を用いたのかもしれない。いや、やっぱり関数方程式かな。――というように、ちょっと立ち止まって頭を捻ってしまうのである。読み手に頭を捻らすような比喩はうまいとはいえないと思う。単に私の頭が悪いだけのことかもしれないが。
 以前の作品に見られた比喩は、もっと軽快で、釣り上げられて陽光を反射しているぴちぴちした魚のような趣きがあった。

 

「元気?」
「元気だよ。春先のモルダウ河みたいに」
    (『スプートニクの恋人』1999年)

 

 『騎士団長殺し』に戻ろう。

 

 私は手に持った受話器をしばらくじっと眺めていた。私はこれからユズに会おうとしている。まもなくほかの男の子供を産もうとしている別れた妻に。待ち合せの場所と時刻も決まった。問題は何もない。でも自分が正しいことをしたのかどうか、今ひとつ自信が持てなかった。受話器は相変わらずひどく重く感じられた。まるで石器時代に作られた受話器のように。(第2部427頁)

 

 ユーモラスな比喩である。
 『騎士団長殺し』には随所にユーモアがちりばめられている。文章が連なる紙面の奥に、楽しんで書いている好々爺のような村上春樹の姿が浮かんで見えてくる。体長60センチほどの「騎士団長」の立ち居振舞いや語り口もユーモラスだ。異界から顕れた「顔なが」と「私」の会話など、ボケとツッコミの漫才である(第2部335~336頁)。
 「顔なが」は異界に潜む「しがない下級のメタファー」が形体化した存在である。自称メタファーなのに暗喩と明喩の違いがわからず混乱しているようで、それを「私」に突っ込まれると、「すみません。わたくしはまだ見習いのようなものです。気の利いた比喩は思いつけないのです。許しておくれ。でも偽りなく、正真正銘のメタファーであります」(第2部336頁)と怯えながら答える。
 しかし「顔なが」は恐怖でぶるぶる震えながらも、暗喩は「ものとものをつなげるだけのものであります」と自己紹介している。情けない生き物だが、この一言は核心をついている。
 村上春樹は、比喩の頻度が減った埋め合わせというわけでもないのだろうが、この作品でメタファー論を提起している。何しろ第2部のタイトルが「遷ろうメタファー編」なのだ。
 「私」は「顔なが」が顕れ出た病室の穴の中に入り、「顔なが」の言う「メタファー通路」の真暗闇を経て、少し明るい地底世界へと辿り着く。上に引用した「顔なが」の核心的一言(暗喩はものとものをつなげる)は、「私」によって「ここは(顔ながの言うところによれば)事象と表現の関連性によって成り立っている土地なのだ」(第2部350頁)と言い換えられる。メタファー(暗喩)の定義といってよかろう。
 「私」が洞窟の中で出会ったドンナ・アンナは、メタファーの積極的意義について語る。ドンナ・アンナは「騎士団長」や「顔なが」と同じく一枚の絵画(後述)から出てきた人物である。

 

「あの川は無と有の狭間を流れています。そして優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせることができます。優れた詩人がひとつの光景の中に、もうひとつの別の新たな光景を鮮やかに浮かび上がらせるのと同じように。言うまでもないことですが、最良のメタファーは最良の詩になります。あなたはその別の新たな光景から目を逸らさないようにしなくてはなりません」(第2部373頁)

 

 わかりやすくするために、ささやかな例をあげてみよう。「人生は旅だ」という表現はメタファーである。「人生」「旅」というそれぞれ別々のイデアに属する言葉をメタファーでつなげることによって、新たな心象風景が生じる。ドンナ・アンナはそういうことを言っているのである。
 優れた絵画や優れた詩は「最良のメタファーとなって、この世界にもうひとつの別の新たな現実を立ち上げていったのだ」(第2部374頁)というのが、ドンナ・アンナの言葉を聞いての「私」の感想である。
 これは村上春樹が自身の作品の肝について語っているのだ。自分の38年に及ぶ創作活動を回顧した言葉であろう。先に書いたように、年末特番の総集編なのだ(下手な比喩だな、「顔なが」なみに)。
 上に書いたように、村上春樹の文章には比喩が多く用いられている。「方程式のような」「春先のモルダウ河みたいに」「まるで石器時代に作られた受話器のように」はいずれも明喩(直喩)である。諸作品の随所にちりばめられている比喩はほとんどが明喩である。そしてそれらを大きく包んでいる作品世界はメタファー(暗喩・隠喩)となっているのだ。「羊」をめぐっての「冒険」はメタファーである。「井戸」も、「壁」も、「地底」も、「やみくろ」も、「影」も、「リトル・ピープル」も・・・・・・ いずれもメタファーである。それらによって「この世界にもうひとつの別の新たな現実を立ち上げていったのだ」と村上春樹は胸をはって回顧しているのだ。一読者として拍手を送りたい。
 メタファーは使い方を誤れば危険である。「顔なが」は「私」に、「メタファー通路」の暗闇の奥にやくざで危険な「二重メタファー」が潜んでいるから気をつけろと警告する。「二重メタファー」とは何なのか? 理解しづらい。ドンナ・アンナが解説してくれているのだが。

 

「それはあなたの中にいるものだから」とドンナ・アンナが言った。「あなたの中にありながら、あなたにとっての正しい思いをつかまえて、次々に貪(むさぼ)り食べてしまうもの、そのようにして肥え太っていくもの。それが二重メタファー。それはあなたの内側にある深い暗闇に、昔からずっと住まっているものなの」
 白いスバル・フォレスターの男だ、と私は直感的に悟った。(第2部375~376頁)

 

 メタファーが事象と表現の関連性を機能させるものであるのに対し、その関連性を喪失した二重メタファーは、人体に喩えるなら、暴走した免疫システムが自己を攻撃する誤作動のようなものなのだろうか。私なりの解釈である。

 

【「南京戦」の挿入―村上氏の社会的責任】
 2月24日の『騎士団長殺し』発売直後から今にいたるまで、ネットではこの作品をめぐる発言が無数にといっていいほどに飛び交っている。ブログ、通販サイトのレヴュー、フェイスブックツイッターなどなどである。拙文本稿もその無数のうちのひとつである。
 なかには、一応論客の看板を掲げている物書き氏の、嫉妬心が表に出ているような呟きもいくつか見かけた。作品には触れず、村上春樹などが売れるのはけしからん、文学は滅びる、と言っているだけの悲しい発言の類いである。(その人は今まで村上春樹の作品自体について語ったことが一度もない)
 発売日から一ヶ月近くになる今は、既に読了した人たちの投稿も増えてきているので、この作品を称賛する者、こきおろす者、両方がいる。それはそれで当然のことだ。それでよい。
 発売日直後から一週間ぐらいのうちは、この作品中にいわゆる南京事件に触れた箇所があることから、ツイッター上でその部分だけに脊髄反射をしたような呟きが大噴出していた。最初に火をつけたのは誰だか知らぬが、大炎上の引き金を引いたのは、作家百田尚樹氏による発売日直後のツイートだろう。以下に引用する。

 

村上春樹氏の新刊『騎士団長殺し』の中に、「日本軍は南京で大虐殺をした」という文章があるらしい。これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。
中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかもしれない。(2月25日)


騎士団長殺し』の中で「日本軍は南京大虐殺をした」と書いた村上春樹氏は、2015年の朝日新聞に、「日本は相手国(中国)が、もういいというまで謝れ」という文章を寄稿した。
中国で本を売りたいのか、あるいは中国の後押しでノーベル賞が欲しいのか、それとも単なるバカか。(2月26日)

 

 その後続いた夥しい数の人たちによる村上春樹バッシングのツイートは、ほとんど百田氏の発言の変奏である。異口同音といったほうがよいか。それらをいちいちここに引用する愚は避けるが、適当にピックアップしたのをひとつだけ紹介しておこう。(これは最近のものであるが、今はこの件でのツイートは下火になっている)

 

村上春樹の新刊「騎士団長殺し」だっけ?南京事件が40万人あったと、この著書で触れている。中国にゴマをすり、ノーベル賞のためなら国を売るような卑劣な下衆人間だと言うことが明らかになって痛快だね。まあ、大江健三郎にしろ、此奴にしろ人間性はカスだね。ろくなもんじゃない。(3月17日)

 

 2月末から3月初旬にかけて大量に発生したツイートはこれと同工異曲で、みんなエラソーだ。百田氏のツイートの最初の一文にも表れているように、ほとんどみんな読まずに罵倒している。火が付くと付和雷同する屑のような発言のオンパレードである。
 屑ツイートは放っておこう。
 南京戦についての地道な取材を続けてきたノンフィクション作家早坂隆氏の次のツイートはもっともな発言である。

 

村上春樹氏の最新作「騎士団長殺し」に南京戦に関する記述有り。内容は中国側の一方的な主張をなぞっただけのもの。実際に南京戦に参加した方々への取材を続けてきた私には、あまりに迂闊で軽率に思える。村上氏は我が自宅の近所に住んでいるらしいので、もし見かけたら小一時間ほど問い詰めたい気分。
(3月4日)

 

 『騎士団長殺し』の当該部分を引用しておこう。免色渉によって語られる場面だ。

 

「そうです。いわゆる南京虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占拠し、そこで大量の殺人がおこなわれました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市民の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」(第2部81頁)

 

 さらにこの後、中国兵の捕虜や民間人の首を次々に軍刀ではねる残忍な場面と、それを上官から強制される日本兵の苦悩のようすが99~100頁で別の人によって語られている。
 これらの叙述は当時の中国国民党そして現在の中国共産党による一方的なプロパガンダをそのまま鵜呑みにして史実だとしているのである。村上氏が、小説作品から離れて、例えば評論文やエッセーのような文章で自分の意見としてそれを書くのなら、あるいはインタビューで自分の意見としてそれを言うのなら、正当な言論の自由のうちである。(この項では作品論から離れて、一社会人としての責任について書くので、「村上氏」と敬称を添える) そして正当な言論活動には責任が伴うし、批判を受ける覚悟も常に持っていなければならない。
 だが村上氏はそれをフィクション中の登場人物の科白とすることで、責任の所在を曖昧にしてしまうのである。卑怯である。
 免色渉は、前にも書いたように、怜悧で明晰な頭脳を持った人物としてキャラクター設定されている。上に引用した彼の発言の最後の一文など、およそ免色のキャラクターにふさわしくない。彼はいつもロジカルに会話を進める人だ。被害者数の数字をいったん持ち出しておいて、それについて語らず、すぐに数字は問題ではないかのような言い方をする。いつものような論理性がない。免色はここで口パクをさせられているだけで、中の人・村上氏の素(す)の顔が透けて見える。お粗末である。
 もうずいぶん前になるが、「南京で日本軍に虐殺された三十万もの人々が・・・」と語る老婦人を目撃した。その数字に客観的根拠がないことやその欺瞞性を別の人から指摘されると、老婦人は、きっ、となって、「数字の問題じゃありません!一万人ぐらいだったらいいとあなたはおっしゃるのか。一人でも人殺しは大罪なのですよ」と勝ち誇っていた。「三十万」という数字を自分から持ち出しておいて、その欺瞞を指摘されると、「数字の問題じゃありません!」と眉を吊り上げる。これと同じような問答は、いたるところで繰り返されてきた。老婦人は人道的で気高い自分に酔っているだけだから、議論など成立しないのである。
 免色はここで、中国共産党の白髪三千丈的なプロパガンダを白髪四千丈にまで出血大サービスしておいて、その直後に「数字の問題じゃありません!」と、愚かな老婦人に唱和しているのである。「騎士団長」ならきっとこういうだろう、「それは免色くんであって免色くんではないものだ」
 1937年12月のいわゆる「南京虐殺」と呼ばれる事象の有無については、なかったという説から三十万人が虐殺されたという中国共産党のプロパガンダにいたるまで、様々な立場がある。当時の客観的諸条件から考えて「三十万」という数字があり得ないものであることは明白である。上記の免色の科白のなかにある四十万人という言葉は、東京裁判で中国検察官が提出した四十三万という数字に依拠しているのかもしれない。東京裁判の判決文では、さしたる根拠もないまま、二十万人以上という被害者数が推定された。松井石根被告個人への判決では殺害数は十万人以上となっている。東京裁判のいわゆる「南京事件」の審理では、中国国民党が戦中に行なったプロパガンダに連合国が強く印象づけられていたことや、原爆投下という自らの犯罪を日本軍の残虐行為と相殺したいというアメリカの本音などの影響があったことにも留意しなければならない。中立的な立場で詳細な調査を行なった歴史学者秦郁彦氏は不法殺害者数を四万人程度(内、民間人は一万人程度)だと推定している。(注)
(注)『南京事件 ―「虐殺」の構造』(初版1986年.増補版2007年)に依る。この数字は余裕を持たせた最高限のものであり、実数はもっと少ないだろうと、秦氏は増補版で付言している。
 あるいはまた軍刀をふりかざしての捕虜虐殺の場面等については、その証拠とされる写真が捏造であったり、偽せ物(関係のない写真)であったりすることが明らかになっている。
 諸説あるなかで中国共産党の主張に寄りかかるのなら、その客観的妥当性を同時に示さなければならない。自ら数字を持ち出しておいて、「数字の問題じゃありません!」と言うのは卑怯というものである。
 村上氏は2015年4月に共同通信社が配信したインタビュー記事で、「ただ歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が「すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから」と語っている。
 日本は既に謝罪している。にもかかわらず「わかりました、もういいでしょう」とならないのは、過去の歴史認識のゆえではなく、中国の場合は、未来に向けての戦略から出てくる態度だからである。彼らが「日本軍国主義の残虐さ」を言い立てるのは、近未来に企図している中国の侵略行為の際に、国際世論を味方につけるためのプロパガンダなのである。そんな初歩的なことが村上氏にどうして理解できないのだろう。韓国の場合は、戦略ですらなく、半島民族の「千年の恨」によるもので、自分でも何を怒っているのかわかっていないところがある。迷惑な話だ。どちらの国も、日本が滅びてはじめて「わかりました、もういいでしょう」となるのだ。
 いずれ『騎士団長殺し』は世界各国で翻訳され出版されるのだろう。村上春樹人気の高さからいって、「南京虐殺」なるものが日本人の大罪として、疑う余地のない史実として世界各国の人々に刷り込まれていくのだろう。村上氏は、日本を屈服させて東アジアに覇権を打ち立てようとしている中国のお先棒を担いで、その役割を中国の期待以上に果たしていることには無頓着なのだろうか。
 フィクションの登場人物の科白だからといって、免責されるものではない。たとえば小説の中で実在の人物の実名をあげてその名誉を傷つければ、法的にも道義的にも作者の責任が問われることはいうまでもない。
 そんなことぐらい村上氏は既に承知しているだろう。短編小説『ドライブ・マイ・カー』(2013年)が雑誌に掲載されたとき、出版社と村上氏は北海道のある町の町会議員から抗議を受けた。×××町(雑誌掲載時は実名)ではタバコのポイ捨てが当たり前のようになっているかのような表現が小説内にあったからである。この抗議に対し出版社は「『ドライブ・マイ・カー』は小説作品であり、文藝春秋は作者の表現を尊重し支持します。」という見解を公表すると同時に、村上氏の「(引用前略)そこに住んでおられる人々を不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです。(引用後略)」という遺憾の意の表明文を合わせて発表した。以上の経緯を経て、この短編小説が単行本『女のいない男たち』(2014年)に収録されたときには、タバコのポイ捨てが多い町であるかのような表現はそのままにして、町名が実名から架空の名に書き換えられたのである。×××町の住民を不愉快にさせてしまったことへの小説の道義的責任を村上氏は認めたのである。
 小説の一場面でいわゆる「南京虐殺」を上のように描いたことによる世界の人々への刷り込み効果は、エッセーやインタビュー記事などで正真正銘の自分の意見としてそれを主張することに比べて、はるかに大きい。もちろんタバコのポイ捨てなどとは比べものにならない。日本の将来世代へ重荷を背負わせてしまった大きな社会的責任が村上氏にはある。もう一度言うが、中国共産党は未来のためにこのプロパガンダを行なっているのである。
 村上氏はなぜこのような幼稚な史観を作品に挿入するのだろうか。それについては、再び作品論に戻りつつ、最終項で考えることとする。

 

そして父になるが・・・】
 『騎士団長殺し』のあらすじを略記しておこう。
 「私」は36歳の画家である。小説の現在時点(2011年)から数年前を回想する物語時点での年齢で、以下同じである。「私」は学生時代から抽象画に才能を発揮していたが、無名の抽象画家が作品で生計を立てていくことは不可能である。「私」は結婚を機に、生活のために各界の名士の肖像画を注文に応じて描くことを仕事とし、その腕を評価される。生活の代償に、芸術へのパトスには蓋をしている。
 妻から別れ話を持ち出され、「私」は都内のマンションを出る。北陸、北海道、東北地方を車で放浪した後、友人の世話で、小田原の山中で空き家のままになっている古い住居兼アトリエに住むことになる。友人の父親がかつて一人で住んで創作に打ち込んでいた家である。友人の父親は高名な日本画家雨田具彦で、高齢になった今は認知症を患って伊豆の施設に入院している。
 ある日「私」は、屋根裏に秘匿されていた絵を発見する。添付された名札に『騎士団長殺し』という題名が記されている。雨田具彦の生涯最高傑作といっていいぐらい精神性の深い絵画であるが、厳重な包装をされて誰の目にも触れないままに隠されていた。モーツァルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』の冒頭にある「騎士団長殺し」の場面に着想を得て描かれた絵で、登場人物は飛鳥時代の日本人に置き換えられている。若者に剣で胸を刺され、血を噴出し苦痛に顔を歪める老いた騎士団長の姿が中央に描かれている。傍らで若い女性が驚愕の表情でその光景を見ている。彼女は『ドン・ジョバンニ』に登場するドンナ・アンナ(騎士団長の娘)だろう。画面の隅に、地面の穴から長い顔を出してその光景を見ている異形の人物がいる。『ドン・ジョバンニ』には登場しない、雨田画伯の独創である。画面にはほかにも描かれている人物がいるが、本稿前述のとおり、「騎士団長」「ドンナ・アンナ」「顔なが」の三人が後ほど「私」の前に姿を現す。絵の中でのサイズのままで。
 ある日「私」は肖像画の注文を受けるエージェントから、免色渉という人物の肖像画を依頼される。免色直々の指名で、報酬は法外に高額である。免色渉は莫大な資産を築いたIT長者で、54歳の今は既にリタイアしている。実は免色は、「私」の住まいから谷を挟んだ向こう側の超豪邸に一人で住んでいる人物だった。真白で広壮な邸宅である。免色の髪も真白である。立ち居振舞のダンディな紳士で、頭脳明晰であることは既に述べた。「私」とは数ヶ月間友好的な付き合いを続け、色々襲いかかる謎や難問に協力して立ち向かう。しかし「私」は本音の部分では免色に打ち解けず、一定の距離を置いて付き合っている。
 真白な邸宅と真白な髪で、苗字が「免色」とは漫画チックなネーミングだが、もちろんこれは村上春樹の中編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年)の「多崎つくる」からバトンを承けているのである。多崎つくると免色は年齢もキャラクターも異なるが、人を愛する心を失っているという共通性がある。ついでにいえば、前記の短編集『女のいない男たち』にも通じる共通性である。若い多崎つくるの心は回復の方向に向かうが、免色の愛の喪失はそのままである。
 免色は人と同じ屋根の下で暮らすことができない。昔付き合っていた女は免色との結婚をあきらめ、明らかに受胎を目的とした性交渉を免色に迫り、その直後に彼の前から姿を消し、他の凡庸な資産家の男と結婚してしまう。彼女の産んだ子秋川まりえは、自分の娘である可能性が高いと免色は思っている。確信ではないが。
 まりえの母(免色の元恋人)はまりえが6歳のときにスズメバチに刺されて死んでしまう。まりえは小田原の「私」の住まいからさらに山の上の方にある家で、父とその妹(まりえの叔母)と一緒に暮らしている。叔母が母親がわりになってまりえを大切に育てている。まりえは物語時点で13歳の中学生である。「私」が講師を務める小田原駅近くの絵画教室に通っている。
 免色がこの地に豪邸を構えたのは、谷を挟んで反対側にある家に住むまりえを高性能の双眼鏡で日々観察するためである。まりえはやがて観察されていることに気づくが、亡き母が免色の恋人であったことや、免色が自分の実の父であるかもしれない可能性にはまったく気づいていない。
 「私」と免色、そしてまりえが巻きこまれる色々な謎については、この「あらすじ略記」では、はしょる。「私」の地底行については本稿前半で書いた。
 「私」が回想する数年前の物語は早春の放浪から始まって約10ヶ月間に及ぶが、それは生計のために肖像画を描かざるを得なかった不本意な仕事から自由になり、芸術へのパトスが解放されほとばしったひとときでもあった。この期間に描いた『免色渉の肖像』『秋川まりえの肖像』『白いスバル・フォレスターの男の肖像』『雑木林の中の穴』は真に「私」の芸術作品だった。これらの芸術作品の制作は、地底行をピークとする色々な非日常的な(超常的な)出来事とパラレルに進行したのだ。
 物語は一応の大団円を迎え、「私」は都内のマンションに戻って妻ユズとの夫婦生活を再スタートさせる。生活のための肖像画の仕事も再び始めようとし、エージェントに連絡をとって喜ばれる。芸術は棚上げし、再び現実生活に戻ったのだ。
 現在時点の「私」には「室(むろ)」という名の娘がいる。客観的には他の男の遺伝子を受け継ぐ子かもしれないが、「私」はあの濃厚な夢を通じてユズに孕ませた子だと考えている。ユズもそう思っているらしいと、明記はされていないが、暗示されている。「その子の父親イデアとしての私であり、あるいはメタファーとしての私なのだ」(第2部539~540頁)と「私」は思っている。そして何よりも「私」は「むろ」を「とても深く愛して」いる。免色は秋川まりえが自分の娘であるか否かの可能性のバランスの上で自分の存在意味を見出そうとしているが、「私には信じる力が具わっている」(同540頁)。それは「私」が小田原の山の一軒家に住んで超常的な体験を通して学んだことだった。「私」の小さな娘「むろ」は、「騎士団長」や「ドンナ・アンナ」や「顔なが」から手渡された恩寵なのだ。と信じて第2部は完結する。
 本稿前半で書いたように、壁抜けの方向が他の村上春樹作品と違って、深層の闇の世界から現実世界へとなっていた。いったん闇の深層に陥り、メタファーの力で新たな現実を立ち上げたのだ。これが村上春樹の今作の新しさである。
 村上春樹の作品にしばしば登場する30代の男がようやく父親になったのである。父殺しをモチーフとすることが多かった村上春樹が、「父になる」作品を描いたのだ。それは「騎士団長」を ――雨田具彦画伯の絵さながらに―― 出刃包丁で刺し殺す(嘱託殺人)ことで、メタファーの力を得て実現したことだった。
 村上春樹の小説が一人称形式で語られるときは、いつも「僕」という呼称が使われていた。今作でそれが「私」という大人っぽい呼称になったのは、これで納得ができよう(会話の中では「ぼく」だ)。以前の作品では、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のパラレルワールドで、「ハードボイルド・ワンダーランド」のほうだけで「私」という呼称が用いられていた。「ハードボイルド・ワンダーランド」では、「僕」の「世界の終り」と対照的に、アグレッシブな戦いが描かれていた。
 さて、これで村上春樹の文学は新しい地平を切り拓いたといえるのだろうか。
 免色が秋川まりえをめぐっての思惑を一応達成したので「私」の利用価値はもうないと判断したのか、免色と「私」の付き合いは疎遠になりつつあった。完全に切れたわけではなく、免色の方からときどき「私」に電話をかけてきて友好的な会話は続いていた。ある日「私」は免色邸を訪れ、雑木林の穴の底で命を落としたかもしれなかったところを救ってくれたお礼として、自作の絵『雑木林の中の穴』を贈呈した。免色はそれをとても喜んだ。「私」は免色と単なる隣人としての関係を保っておきたいと思っていた。そして「それが免色と実際に顔を合わせた最後となった」(第2部518頁)
 私は「おや?」と思った。この何週間か後、年が明けた一月(推定)に「私」は小田原の住まいを引き払って都内のマンションに戻るのである。免色邸に行って引越しの挨拶ぐらいしろよ、と思ったのである。
 私は「私」の非礼を責めているのではない。引越しの挨拶の場面を描けと言っているのではない。「それが免色と実際に顔を合わせた最後となった」という一文さえなければ、何の問題もなかったのである。異界についてはあれ程生き生きと描写する村上春樹が、現実の日常生活の叙述となると、文章に小さな小さな綻びを垣間見せるのである。本稿冒頭の【おや?】の項で指摘したことも、そのような綻びのひとつかもしれない。
 「私」は新たな現実の世界に再生した。村上春樹はまだその現実世界に作家としてうまく適応できていないのかもしれない。村上春樹が描く現実世界は異界とシームレスにつながっているので、その気配が漂うものとしての日常生活の描写は抜群にうまいのだが。

 

【失われた時間軸の行方は?】
 村上春樹の初期の文学は、世界に対するデタッチメントの姿勢から出発した。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の最終章でも、「僕」は矛盾や葛藤を切り離した内閉性に留まる道を選ぶ。やがてこのデタッチメントの精神が自壊作用をきたすにいたり、村上春樹の作品は中期以降コミットメントの姿勢へと転換していくのだ。
 孤絶した内面世界を保ち、井戸の底へと下降していく。孤独に徹することで、底の底で壁抜けが果たされる。その無意識層の深いところで世界とのつながりを獲得する。それは人類の集合的無意識層ともいえる世界で、危険なもの、邪悪なものも潜んでいる。『ねじまき鳥クロニクル』で壁抜けをした「僕」は、「歴史」の世界で人類が積み重ねてきた「暴力」の問題に行きあたる。人類の「歴史」には残虐な暴力が充満している。デタッチメントをテーマとした初期の作品には喪失感が漂っていたが、この時期の「僕」は失われたものを取り戻そうとして戦う。
 対談本『村上春樹河合隼雄に会いにいく』(1996年)で村上春樹は、いろんな歴史事象は全部自分のなかにあるのだと語っている。それは、上に述べた人類の集合的無意識層に息づいている諸々の歴史的事実という意味だ。そこは時間のない世界である。『騎士団長殺し』で、「私」が地底の世界を進むにつれて時間の感覚が失われていく描写があることを思い出してもらいたい。無意識層で人類が共有しているらしい「歴史」には時間がないのである。
 そこでの「歴史」は時間軸を持っていない。ナチスの暴虐も、日中関係のなかで発生した様々な血なまぐさい出来事も、10万年前のホモサピエンスの集団間での殺戮行為も、何の時系列も持たないまま、人類の集合的無意識層に保存されているのである。
 村上春樹日本国憲法観を、9条に関してときに語っているが、その意見は、様々な護憲論があるなかでも最も幼稚な部類に属するものである。日本国憲法を日本の近現代史の時間軸に沿って理解し、現代から未来を展望するなかで位置づけようとする視点が失われてしまっているから、字面上の高邁な理想がすべてになってしまうのである。中国や韓国にひたすら謝り続けるべきだという意見も、現代から未来へとつながる地政学が時間軸のなかで理解できていないから、単なる人道的感想として出てくるのである。
 時間軸を持たない歴史観などといえば言葉が自己矛盾をきたしていることになるが、村上春樹はその不思議な歴史観を示現しているのだ。
 文芸評論家の加藤典洋氏は『村上春樹は、むずかしい』(2015年)のなかで、村上春樹には小さな主題と大きな主題があると書いている。日本の原子力政策への批判を通して倫理や規範の再生を目指す新しい物語の創造が大きな主題である。そこには戦争責任に対する戦後日本人の無責任さと東アジア諸国民への村上春樹の贖罪意識が関連してくる。
 他方、人に心を開けず孤絶感を抱えた心の悲哀や救いへの祈りが、小さな主題となっている。近作では前掲の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や『女のいない男たち』がこの小さな主題を扱っている。免色渉もまたこの小さな主題を受け継いだ人物である。
 加藤典洋氏は、夏目漱石になぞらえて、この小さな主題を下方に掘って進んで大きな主題にいたるという方法を(2015年時点で)今後の村上春樹に期待している。
 『女のいない男たち』に収録されている『木野』はこの小さな主題を掘り下げることに徹した短編小説である。主人公は破滅の淵に追い込まれるが、再生の予感をかすかに漂わせてこの小さな物語は終わる。小説内に配置されている様々な小道具は、村上春樹の心の内にあるだろう東アジア(日本を含む)の文化の土壌への関心を表しているにちがいない。そのなかには日本の土俗宗教への関心を示す徴(「カミタ」という人物)もある。これらの小道具は、『騎士団長殺し』に登場する雑木林の中の謎の穴、不思議な鈴、上田秋成の『二世の縁』と即身仏への関心などに発展的に受け継がれている。洋画家としてスタートした雨宮具彦画伯が、ナチスドイツがオーストリアを併合した頃にウイーンで経験した苛烈な体験を経て、帰国後に日本画家に転向したとされること、そしてその転換時にただ自分のためにだけで描いた秘密の絵画『騎士団長殺し』から「私」が受ける衝撃も、村上春樹のその関心の発展形であろう。
 小さな主題から入って、この文化の土壌に流れる水脈に辿り着いたのかもしれない。そこから大きな物語を創造する端緒として、「私」は父となったのであろう。メタファーの力で新たな現実を立ち上げた「私」がこれから大きな物語を語るのなら、地底の世界で失われた時間の感覚を取り戻し、歴史の時間軸をしっかりと築いてもらいたい。それは「私」が「とても深く愛し」ている幼い娘「むろ」の未来に対する責任であろう、と思うのである。
(了)