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月下独酌

書き手:吉田勇蔵  diary「日居月諸」もご高読賜りたく→http://y-tamarisk.hatenadiary.com/  twitter@y_tamarisk

『沈黙』 ―― 小説と映画

********  目 次  ********
【はじめに】
【蝉の声】
【母なるもの(1)】
【母なるもの(2)】
【スコセッシ監督のパトス】
【弱き者への眼差し】

 

※ 私は『沈黙』の初読も再読も初版単行本の重刷版に依ったが、以下引用にあたって記すページ数は現行文庫本のそれである。

 

※ 以下の記述で「百姓」という語を農民や漁民の総称として用いる。それが「百姓」本来の意味である。

 

※ ネタバレ有りまくりです。

 

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【はじめに】
 マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙-サイレンス』(米・2016年)が公開されるとのニュースを聞いて、年明け早々に遠藤周作の小説『沈黙』(1966年)を再読した。40数年ぶりの再会だった。さらに関連作品もいくつか再読した。
 私は遠藤周作のさほど熱心な読者ではない。書棚の遠藤周作コーナーで数えてみると、その著作は21冊(上下2分冊のものは合わせて1冊とカウント)だった。遠藤周作全作品の一部でしかない。読んだのはいずれも昭和40年代から50年代にかけての一時期だ(『深い河』(1993年)だけは今回初めて読んだ)。もうそれらの内容を殆ど覚えていなかったのだが、そのなかでは『沈黙』は比較的強い印象を残している小説だった。
 時間の許す範囲で諸作品を読みなおしあるいは初めて読んだうえで、都内のリヴァイヴァル館で篠田正浩監督の映画『沈黙・SILENCE』(1971年)を初めて観た。そして日を改めて地元の映画館でマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙-サイレンス』を観た次第である。
 一般に映画と小説はそれぞれに独立した別個の作品である。一方が他方に従属している場合は殆どが駄作である。そういう意味で、遠藤が創造しようとした世界、スコセッシが創造しようとした世界それぞれに敬意を払いながら、そこで描かれた重いテーマについて以下考えてみたい。
 なお篠田版『沈黙』については書かないこととする。作品を支える監督のパトスがないので論じるに価しない。
 以下の記述で映画『沈黙』と記せば、それはスコセッシ版のそれであるとご了解いただきたい。

 

【蝉の声】
 小説『沈黙』では蝉の声が印象的に挿入されている。さほど頻繁ではないが、いくつかの場面で蝉の声、ときには草むらに潜む虫の音が聞こえてくる。例えば次のような場面である。

 

 澳門(マカオ)を経て日本に密入国したポルトガルの宣教師セバスチァン・ロドリゴが、手引きをしたキチジローと離れて、ひとり荒野をさまよい歩く場面である。ロドリゴは水溜りに自分の顔を、疲れくぼんだ顔をうつして、聖らかで気高いキリストの顔を思い浮かべる。


 だが今、雨水にうつるのは泥と髭とでうすぎたなく汚れ、そして不安と疲労とですっかり歪んでいる追いつめられた男の顔でした。人間はそんな時、不意に笑いの衝動にかられるのだということを御存知でしょうか。水に顔をさしのべ、まるで頭のおかしな人間のように唇をまげたり、眼をむいたりして、おどけた表情を幾度も作りました。
(なぜこんな馬鹿げたことをするのだろう。なぜ、こんな馬鹿げた)
 林のほうで蝉が嗄れた声で鳴いていました。あたりは静かでした。(103頁)

 

 キチジローと再会後、


 姿が岩かげに消えると、あたりは急に静寂になりました。草いきれのなかで乾いた音をたてて虫が羽をすりあわせている。一匹の蜥蜴が不安そうに石の上に這いあがり、素早く逃げていきました。陽にさらされながら、私を窺った蜥蜴の臆病そうな顔は、今、消えていったキチジローの顔そっくりでした。(118頁)

 

 そしてキチジローに売られたロドリゴが、役人に捕縛される寸前の描写である。


 まるで子供が母の言葉をまねするようにキチジローは私の呟く言葉を一つ一つ繰りかえしつづけ、白い石の上を蜥蜴が再び這いまわり、林の中で喘ぐように初蝉の声が聞え、草いきれの臭いが、白い石の上を漂ってきました。(122頁)

 

 長崎の奉行所の中庭で片眼の百姓が突然役人に斬り殺される。切支丹である。他の囚人たちへの見せしめである。映画では首を斬り落とされる。死体は黒い血を帯のように流しながら、埋めるための穴まで引きずられていく。ロドリゴがその光景を牢の格子ごしに眺めている場面でも、蝉が鳴いている(小説でだけ)。


 さっきと同じように、蝉が乾いた音をたて鳴きつづけている。風はない。さっきと同じように一匹の蠅が自分の顔の周りを鈍い羽音で廻っている。外界は少しも違っていなかった。一人の人間が死んだというのに何も変わらなかった。(187頁)

 

 まだまだあるが、蝉の声あるいは虫の音の引用はこのぐらいにしておこう。引用した四つの描写のうち、前三者はロドリゴが故国ポルトガルの聖職者上司に宛てた書簡という形で小説内に挿入されている。だからロドリゴの一人称表現である。四つめの引用文は小説の三人称表現である。だが文中に「自分の」という言葉があるとおり、形式は三人称であっても、ロドリゴの心象風景を描いているのであり、この場面では事実上の一人称描写と考えてさしつかえないだろう。
 つまり蝉の声や虫の音はそれぞれの場面でのロドリゴの心象風景であり、ロドリゴの感性を表しているのだ。いずれも静寂や寂寥ときには緊張を表現する効果音であり、四つめの引用文では蝉の声で「もののあはれ」さえ表現している。
 ポルトガル人にそのような感性はなかろう。日本人の感性である。小説内のロドリゴの外面はまごうことなきポルトガル人であるが、それはポルトガル人宣教師の被り物であり、中の人は日本人ではないのか?
 遠藤が日本人の感性をロドリゴに付与するため、蝉の声を効果音として用いることにはたしてどれだけ自覚的であったかは不明である。
 虫の音に意味を与えて聞き取るのは日本人特有の左脳の働きに依るという研究成果が発表されたのは、小説『沈黙』が上梓されて10年以上の歳月を経てからのことである。だが遠藤は若き日に3年間のフランス留学生活を送っているのであり、虫の音に対する日本人とフランス人の感性の違いを経験的に知っていたかもしれない。
 聴覚研究が専門の医学博士角田忠信は臨床実験を積み重ね、母音と子音の左脳、右脳での処理の仕方が日本人と諸外国人とでは異なっていることを発見した。諸外国人とは欧米及びアジア諸国の人々である。これは人種的な違いではなく、生まれ育った言語環境の違いによるものである。この研究の副産物として出てきたのが、虫の音を日本人だけが左脳で聞いているという事実であった。以上は角田忠信『日本人の脳――脳の働きと東西の文化』(1978年)に依っている。
 この書は公刊後反証を提示され、多くの批判を受けた。今ではトンデモ説とみなしている人も少なくない。私はそれらの論の適否を判断するだけの知見を持たない。スズムシやコオロギの音を愛でる描写は中国文学の古典にもイギリス文学にもあるそうだ。
 スズムシやコオロギの音に美を感じるのは日本人にかぎったことではないかもしれないが、蝉の声に「意味」を持たせるのは日本人だけの感性ではなかろうか。何ら実証性を持っていない私の直感でしかないが。


  閑さや 岩にしみいる 蝉の声  芭蕉


 日本人は蝉の声から、ときには静寂や寂寥感、ときには凛と張りつめた緊張感、等々様々な「意味」を感じとる。蝉時雨などという言葉さえある。
 私の直感でしかないのだが、諸外国の人々にとって、蝉が出す「ジー」とか「ジーンジンジンジン」とかいう音はノイズでしかないのではなかろうか。蝉時雨などうるさいだけだろう。
 日本の時代劇映画などでよく用いられている蝉の効果音は、外国で上映されるときには消されているという。
 さて、スコセッシ監督の映画『沈黙』であるが、小説で使われている蝉の声は捨てられているだろうと予想して映画館に向かった。
 ところが敵もさる者で、冒頭、というよりもまだ映画が始まる前、タイトルが表示される前のまだ画面が真っ黒のときに、いきなり蝉時雨のシャワーが鳴り響いた。グラスホッパー(注)の虫の音も混ざっていた。約30秒後に画面が明るくなって、蝉時雨や虫の音は消え、Silenceと表示されたのである。ちなみにエンディングロールでも同じ効果音が使われていた。


(注)草むらに潜む虫の音色を各種聞き分ける耳を持たないので、以下一括してグラスホッパーと記す。


 本編でも蝉や様々なグラスホッパーの音が控えめに鳴っていた。小説よりも映画のほうがその頻度がずっと多い。草が生い茂っていればグラスホッパーが鳴き、樹木が林立していれば蝉が鳴く。もちろん両方が同時に鳴くこともしばしばある。うるさくはない。これらの効果音の音量はかなり絞られている。スコセッシ監督が音響の名手であるとは、後日得た知識であった。
 この効果音について小説と映画の決定的な違いは、小説が蝉の声をロドリゴの心象風景として描いているのに対し、映画では自然界の風景の一要素として描いている点にある。だから野や林が映るとほぼ自動的にグラスホッパーや蝉が鳴きだす。風の音や川のせせらぎと同列である。梅雨どき(?)とおぼしき雨の中でもグラスホッパーが鳴いている。やり過ぎである。
 スコセッシ監督には日本文学研究者のアドヴァイザーがついていたから、日本文学と虫の音についての知識を授かったのかもしれない。
 映画での蝉や虫の音は自然描写の一つとして使われているのであり、それらとロドリゴの心象風景は無関係である。だから先に引用した四つの場面のうちの百姓斬殺の描写では、牢からそれを見ているロドリゴの表情が映し出されても、蝉は鳴かない。映画のこの場面に「もののあはれ」などない。
 映画のロドリゴポルトガル人の被り物ではない。正真正銘のポルトガル人であり、西洋のカトリック司祭なのである。


〔補足〕ただ一つ例外がある。ロドリゴが日本上陸して間もない頃、海岸近くの岩陰で、深夜の暗闇、百姓たちがかかげる炬火のもと、切支丹村の長老に十字架の徴(しるし)を授ける場面があるが、ここでコオロギが鳴いていた。しかもその音は次第に大きくなり強調された。これは自然描写というよりも何らかの心象風景であろうが、コオロギの音に監督が託した意味はよくわからなかった。なお、小説にこの場面はない。

 

【母なるもの(1)】
 小説『沈黙』を再読し、終盤でロドリゴがまさに踏絵に足をかけようとするところまで読み進んだときに、なぜか遠藤周作『わたしが・棄てた・女』(1964年.雑誌連載は1963年)を突然思い出した。多くの人に踏まれて摩滅し、へこんだ顔のキリストがロドリゴに「踏むがいい」と語りかける場面である(267~268頁)。
 私の書棚にある『わたしが・棄てた・女』は1976年12月発行の文庫本である。内容は殆ど忘れていた。ヒロインの名も覚えていなかった。なのにその可哀そうな女(森田ミツ)が私の心に甦ったのである。殆ど何もかも忘れていたのに、『沈黙』の最終近くの場面で、ミツが「覚えてる?」と40年ぶりに声をかけてきたのだ。
 で、『沈黙』読了後に『わたしが・棄てた・女』を再読しのだが、ひどい小説だった。「ひどい」とは駄作という意味でである。ご都合主義もいいところ、殆どあり得ないような偶然の連続で、作者にとって都合のよい再会があったり、実は人物AとBとは以前知り合いだったというような都合の良さがあったりで、流行作家遠藤周作のやっつけ仕事である。鼻持ちならないインテリもどきのスノッブ吉岡に、聡明で堅実そうなお嬢様マリ子がなぜ恋愛感情を持つにいたるのか、その内的必然性がまったく感じられない。作者にとって都合がいいだけのことである。せりふが歯に浮いている。貧乏学生だった頃の吉岡が、映画雑誌の文通覧で見かけた馬鹿そうな19歳の女森田ミツをひっかけて、殆ど無理やりに体を奪い、一回だけでその後ミツに疎ましさと嫌悪感を覚えて棄ててしまう。営みに恐怖感と苦痛しか感じなかったミツが、なぜその後何年間も吉岡を心の中で慕い続けるのか、不自然である。一応の理由が書かれているが説得力がない。下手な小説の常套手段は登場人物が都合よく交通事故で死ぬことであるが、この作品もその定石を踏んでいる。小説が無茶苦茶に破綻している。今だと、通俗小説新人賞の応募原稿なら一次予選下読みの段階で間違いなく没だろう。
 この作品は商業的には大成功を収め、映画化もされた。
 このやっつけ仕事のなかで、遠藤は森田ミツの人物造型にだけは相当の思いをこめて真摯に描いたものと思われる。遠藤は晩年、ミュージカルとして舞台化されたこの作品を観て、観客席で涙が止まらなかったそうである。思い入れの深さがわかる。
 私も、舌打ちをしながらもこの小説を最後まで再読できたのは、ただただ森田ミツに惹かれたからであった。
 ミツは中学卒業後に世田谷経堂の小さな製薬工場に事務員として勤め始める。実家は川越にあるが、昭和20年代、東京からの心理的距離は今よりはるかに遠い田舎である。またミツは、父が再婚した新たな家庭で自分が邪魔になってはいけないという思いから、実家とはほぼ縁を切っている。ミツは工場の同僚の少女と二人で、近くにある家の中二階の元物置部屋に下宿をしている。週一日の休日の楽しみは、共同生活の仲良しと一緒に映画を観に行くことである。で、映画雑誌の文通覧で吉岡と知りあう。吉岡はミツの体が欲しくて、きつい酒を飲ませたうえで連れ込み宿の前で、マルクスがどうたら、ヘーゲルがこうたらと言ってミツを口説くような大学生だった。昭和20年代の大学生は超エリートである。吉岡は後に就職先の社長の姪マリ子と結婚する。ミツは転落の人生を歩み、ハンセン氏病(小説発表時の呼称。1983年以降の公的呼称はハンセン病)との診断を受けて御殿場の隔離病院に送りこまれる。誤診であったことが判明してからも、ミツはその病院で患者の世話をし続ける道を選択する。
 ミツは文通覧で知り合った吉岡への返信に、鶴田浩二を「ずる田こうじ」と書くような無学な娘である。無知で愚鈍、容貌もさえない娘だ。後に転落して川崎の怪しい酒場に勤めていたときにも、客の隣に坐ると「なんだ、ブタみたいな顔だな」と馬鹿にされる。
 遠藤周作は森田ミツを、キリストの再臨として描きたかったのではないだろうか。
 ミツは人の不幸に我慢ができない。子供の頃から、人が不幸せな顔をしているのを見るとたまらなくなるのだ。ましてそれが自分のせいだとなると、もう耐えられない。ミツが連れ込み宿の前で必死に抵抗しながらも、二度めに体を許してしまったのは、貧乏学生の吉岡が可哀そうになったからだった。ハンセン氏病の診断が確定し、御殿場の隔離病院に向かう列車で、絶望のどん底にあって心身ともに疲労困憊しているのに、混雑した車内でかろうじて確保した座席を、頭では譲りたくないと思いながらも、坐りたそうな老人に結局は譲ってしまうのだ。入院後しばらくは絶望して引きこもっているが、やがて他の患者ともうちとけていく。最初の頃は病気で崩れた外見の他の患者たちに恐怖を覚えたミツだったが、「あの人たちを嫌悪し、あの人たちのみにくい容貌をおそれていた自分がひどく悪い人間だったと思えてくる」。そしてミツは自分が同じ病気であることを忘れて、他の患者たちが可哀そうでたまらなくなってくるのだ。
 無知で愚鈍、そして聖性を内に持った女として遠藤はミツを描いている。ミツの苦難の連続を、遠藤はイエスの受難に重ねて描いているのだろう。
 小説『沈黙』でロドリゴキリスト像の銅板をまさに踏まんとしたそのとき、神の子キリストは沈黙を破る。多くの人に踏まれてきて摩滅しへこんだ顔で。

 

 踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。(268頁)

 

 森田ミツがキリストの再臨なのなら、それはなぜ女性なのだろうか。
 映画『沈黙』でも、ロドリゴが踏絵を踏まんとしたときに、神の子キリストが沈黙を破るのは小説と同じである。映画でのその声は雄々しくおごそかな男声である。小説にはもちろん音声がない。だがロドリゴの感性に即してそこまで読んできた私には、柔らかな母の声のように聞こえた。だからその瞬間、40年間私の心のどこかに潜んでいたミツという女が「覚えてる?」と囁いたのだろう。

 

【母なるもの(2)】
 小説『沈黙』のロドリゴの外面はポルトガル人司祭であっても、中の人が日本人であることを最初に見抜いたのは江藤淳である。江藤は沈黙論を『成熟と喪失――“母”の崩壊』(1967年)のうちのXXIV~XXVIIIの章で展開している。
 私は蝉の声からロドリゴ(小説)の感性の日本人性を上に指摘したのだが、江藤は遠藤周作の個人的な生い立ちに注目し、遠藤は「母」を回復したいという個人的心理をポルトガル人司祭の装いに隠して書いているのだと喝破した。
 詳しくは『成熟と喪失』を参照されたい。以下の記述は、江藤の沈黙論から離れた私自身の作文である。ときどき江藤の沈黙論に触れることがあるかもしれない。
 と言ったばかりで早速だが、江藤はまず遠藤の短編『私のもの』を取り上げている。私もまたそこから始めてみよう。
 『私のもの』は自伝的短編集『哀歌』(1965年)の中の一編で、遠藤自身はこの短編集を『沈黙』の前奏曲だと言っている(1976年、文庫本へのあとがきより)。自伝的と「的」を添えたのはもちろん虚構も織りまぜているからである。
 『私のもの』の語り手である勝呂は遠藤の分身とおぼしき人物である。母がまだ生きていた頃の勝呂少年は、父に棄てられた母と共に叔母夫婦の家に肩身の狭い思いをしながら居候生活をしていた。そのとき勝呂少年は叔母への気遣いから信仰心もないままにカトリック教会で洗礼を受ける。母は毎日のように夫の悪口やら愚痴を言い泣きながら暮らしている。母の死後勝呂は父に引き取られる。自分みたいに結婚に失敗しないようにお前の結婚相手は父さんが見つけてやる、と母を蔑むような言い方をする父に反発し、父が気に入りそうな女と結婚するのは母への裏切りだと思った。父が嫁探しをすることから逃れるために、好きでもない地味な女と勝手に結婚してしまう。

 

 交際している五、六人の娘のうち、この娘は特に魅力が乏しかった。梨の花のように地味で、目だたず控え目だった。パーティでも隅の席でおむすびのような顔をして、じっと坐っている。
 うどん屋で彼がそば湯をのみながら、結婚という言葉を言うと、このおむすびのような顔が一瞬、うごき、驚いたように彼を見つめた。(『私のもの』)

 

 勝呂はこの娘と28歳のときに結婚し、子供も授かり、今は40の手前である。「妻」は実在の遠藤夫人がモデルではない。虚構を織りまぜた自伝「的」短編である。

 

 細君は次第に肥り、みにくくなっていった。それは彼をいらだたせる場合がある。勝呂は彼女と争ったことはあまりなかったが、それは二人がたがいに満足していたためではなかった。一度、ある冬の夜、赤ん坊の横で彼は彼女を撲り、言ってはならぬ言葉を口に出してしまったことがある。
「君なんか・・・・・・俺・・・・・・本気で選んだんじゃないんだ」
 おむすびのような顔に泪がゆっくりと流れた。(同前書)

 

 「おむすびのような顔の妻」が、私には「森田ミツ」と重なって見える。「森田ミツ」は、遠藤にとっては、キリストの再臨であった。泪を流す「おむすびのような顔」は、ロドリゴが踏まんとした、キリストの摩滅しへこんだ顔にも通じる。

 

 そして、そのくたびれた顔のうしろに勝呂は妻と同じように、彼が本心から選んだのではないもう一つの顔を見つける。妻と同じように、彼が今日まで憎んだり撲ったり、そして、「君なんか・・・・・・俺・・・・・・本気で選んだんじゃないんだ」
 幾度もそう罵った「あの男」の疲れきった顔を見つける。(同前書)

 

 「あの男」(あるいは「この男」)とはキリストのことである。

 

 彼が「この男」を本気で選んだのではないんだと罵る時その犬のように哀しそうな眼はじっと彼を見つめ、泪がその頬にゆっくりとながれる。それが「あの男」の顔だ。宗教画家たちが描いた「あの男」の立派な顔ではなく、勝呂だけが知っている、勝呂だけの「あの男」の顔だ。私は妻を棄てないように、あんたも棄てないだろう。私は妻をいじめたようにあなたをいじめてきた。今後も妻をいじめるようにあなたをいじめぬと言う自信は全くない。しかし、あなたを一生、棄てはせん。(同前書)

 

 小説『沈黙』のカトリック司祭ロドリゴの中の人は日本人だと先に書いたが、その日本人はほかならぬ遠藤周作自身であった。遠藤は日本人カトリック者としての神への疑念と信仰の両方をロドリゴに託して書こうとしたのだ。
 短編集『哀歌』が『沈黙』のプレリュードならば、短編集『母なるもの』(1971年)は『沈黙』のポストリュード(後奏曲)だろう。
 この短編集の冒頭に置かれている一編『母なるもの』(雑誌初出は1969年)は平戸地域へかくれキリシタンを求めての「私」の取材紀行文の形をとり、随所に「私」の亡母への回想が挿入されている。取材先の地名は書かれていないが、平戸島の北にある生月島だろうというのが私の勝手な想像である。「南北十粁、東西三・五粁のこの島」という記述があるから、生月島と理解してまず間違いはない。生月島は今もかくれキリシタンが比較的多い地域である。ところが別の頁では「五島や生月ではかくれは、もうこの島ほど閉鎖的ではない」と書いているのだから、取材先の島は生月島ではないことになってしまう。あくまでも「この島」を虚構上の架空の島ということにしておきたいのだろう。
 かくれキリシタンは21世紀の現在も、長崎県の一部に組織を持って存在している。信教の自由が保障されている今はもはや「隠れ」てはいないので、「かくれ」と表した。さらにいえば本来のキリスト教から大きな距離ができてしまったようなので、「キリシタン」という言葉も不適当かもしれない(但し彼ら自身は自分たちこそ先祖伝来の真のキリスト教徒だと主張する)。以下の記述では、この短編の中で地元の人々が使っている単なる「かくれ」という言葉を用いることとする。
 21世紀の今については知らないが、遠藤が取材に赴いた1960年代当時は、かくれと他の住民との交流はあまりなく、他の住民たちはかくれの人々への蔑みの気持ちを共有していたようである。地元のカトリック教会の神父もかくれへの軽蔑を隠さない。
 「私」がかくれに関心を持つ理由は次のように説明されている。

 

 だが、私にとって、かくれが興味あるのは、たった一つの理由のためである。それは彼等が、転び者の子孫だからである。その上、この子孫たちは、祖先と同じように、完全に転びきることさえできず、生涯、自分のまやかしの生き方に、後悔と暗い後目痛さと屈辱とを感じつづけながら生きてきたという点である。
(中略)
私にも決して今まで口には出さず、死ぬまで誰にも言わぬであろう一つの秘密がある。(『母なるもの』)

 

 かくれは、祖先が踏絵を踏んで転んだおのが卑怯さとみじめさを、今に至るまで受け継いでいる。彼らの祈り(オラショ)は、「自分たちの弱さが、聖母のとりなしで許されること」を請うているのだ。「なぜなら、かくれたちにとって、デウスは、きびしい父のような存在だったから子供が母に父へのとりなしを頼むように、かくれたちはサンタマリアに、とりなしを祈ったのだ」(同前書)
 「私」は村役場の助役の紹介で、かくれの「爺役」(司祭役)の居宅を訪問する。爺はこの珍客を歓迎していない。「私」は納戸に祭っているという神を見せてほしいと懇願する。爺はそっぽを向いて返事をしない。異教徒に見せれば納戸神が穢れるのだ。だが助役がきつく頼むと、爺は根負けをして「私」を納戸に案内する。それは黄土色の掛軸で、キリストを抱いた聖母の絵・・・・・・いや、野良着の胸をはだけ乳飲み児を抱いた農婦の絵だった。

 

 にもかかわらず、私はその不器用な手で描かれた母親の顔からしばし、眼を離すことができなかった。彼等はこの母の絵にむかって、節くれだった手を合わせて、許しのオラショを祈ったのだ。彼等もまた、この私と同じ思いだったのかという感慨が胸にこみあげてきた。昔、宣教師たちは父なる神の教えを持って波濤万里、この国にやって来たが、その父なる神の教えも、宣教師たちが追い払われ、教会が毀されたあと、長い歳月の間に日本のかくれたちのなかでいつか身につかぬすべてのものを棄てさりもっとも日本の宗教の本質的なものである、母への思慕に変わってしまったのだ。私はその時、自分の母のことを考え、母はまた私のそばに灰色の翳のように立っていた。(同前書)

 

 短編『母なるもの』は、先に述べたように、紀行文形式の小説であるが、随所に「私」の亡母への回想が挿入されている。夫に棄てられ、親族の家に居候をしながらヴァイオリンを弾いたり、ロザリオをくって神に祈ったりしながら哀しみの日々を送っていた母の姿が回想される。少年の「私」は母を悲しませないため信仰心もないままカトリック教会にしぶしぶ通いつつ、しかし、母に隠れて悪行を重ね、それが母にばれて深い哀しみを与えてしまう。小説中の「私」の回想は母の哀しい姿と、その心を裏切った「私」の悔恨に満ちている。
 これだけのことであれば、遠藤周作一身上の問題である。しかし江藤淳も書いているように、「遠藤氏の描いている「私」の問題が、単に氏一個の問題から「東洋」と「西洋」、あるいは日本の近代全体につながる問題にひろがる」(『成熟と喪失』XXVI)のである。
 日本の精神分析医の祖ともいうべき古沢平作は、日本人の心の原型を「阿闍世コンプレックス」という概念で捉えた(1932年)。阿闍世コンプレックスについては当ブログでの拙文『憲法改正がなぜ困難なのか』で書いたので、ここでは要点のみを述べる。詳しくは上記拙文を参照されたい(アーカイブ2016年5月の中に入っている。当該文中の半ば過ぎにそれについての説明がある)
 要点は、母子一体感が転じて生じる子の母への怨みと裏切り、母の許し、それによって子に生じる罪悪感、許し合いによる一体感の回復という心理過程である。これがすべての日本人の心の基底にあり、日本人の集団生活の特質をもたらす。
 遠藤周作にも、母なる神に許しを請うかくれ信徒たちにも、この阿闍世コンプレックスが息づいている。
 そして小説『沈黙』のロドリゴ神父もこの阿闍世コンプレックスに動かされている。父なる神は沈黙を守り、ロドリゴの祈りに応えない。ロドリゴは、自分のために残忍な拷問を受ける百姓たちの苦しみに耐えかねて、愛から、キリストの顔を踏む。キリストは(小説の場合)優しい声で、「踏むがいい」と応える。
 この母なるものへの許しを請う日本人とは何者か、これからの世界にどう立ち向かっていけばいいのか、という問題はその次のテーマであり、本稿の目的を超えるので、ここまでとする。
 小説『沈黙』はそういう問題を投げかけているのである。

  

【スコセッシ監督のパトス】
 小説『沈黙』は海外でも大変評判の高い小説だ。20か国以上で翻訳され、ロングセラーを続けている。海外の読者は殆ど、この小説で提起されている日本人特有の問題意識とは無縁だろう。彼らが関心を持ってこの作品を読むのは、ひとつには「神の沈黙」という原始キリスト教以来永年の疑問が描かれているからだ。もうひとつはキリスト教と異質な文化との出会いについての興味だろうと思う。
 私の書棚にある『沈黙』は初版単行本(1966年3月)の第31刷版(1971年10月)である。函入りの美装本である。函の中には『長編小説「沈黙」の問題点――私は「沈黙」をこう読んだ――』と題する二段組16頁の小冊子が添付され、亀井勝一郎江藤淳会田雄次河上徹太郎竹山道雄アルマンドマルティンス、以上六人の論考が掲載されている。後年の単行本改装版にも添付されていたのかどうかは知らない。現行文庫本には収録されていない。
 論者のうち日本人五人の論点は多岐にわたるが、日本人にとってのカトリックという視点が大なり小なり共有されている。これに対し駐日ポルトガル大使(当時)マルティンスは、異郷に身をおいた孤独な人間の信仰の強さに注目し、「神の沈黙と人間の無情な沈黙を破ろうとする」試みをもったこの作品が東西の文明の橋渡しになることを期待している。当然といえば当然のことだが、『沈黙』を読む日本人と西洋人の基本的な視点の違いが如実に表れている。
 さて、スコセッシ監督の映画『沈黙』前半の圧巻は、切支丹百姓の部落の指導者イチゾウとモキチ(あともう一人)の処刑場面である。三人は波打ち際に打ち立てられた丸太の十字架に縄できつく縛りつけられたまま放置される。村人たちは怯えた目でこの光景を見つめている。見せしめである。満ち潮になれば、激しい波が容赦なく三人の顔面を打つ。すぐには死なない。少なくとも二、三日は悶絶の苦しみを全身で受ける。最後まで生きたモキチは四日目に聖歌を歌って息をひきとる。
 台湾の海岸でロケをしたこの場面は凄まじい迫力で観客に迫ってくる。映像はデジタルではなく、フィルムを用いて撮影している。遠くから、近くから、様々な構図で、嵐かと思うほどの大波に打たれる三人の苦悶の表情が映し出される。俳優も命がけであったろう。待機したスタントマンは殆ど使われなかったそうだ。三人の俳優は渾身の演技を見せた。イチゾウを演じた笈田ヨシは83歳の老優である。
 小説『沈黙』でもこの場面は前半の小さな山場であるが、これほどの激しい描き方はしていない。小説のこの場面での殉教者は二人である。満ち潮になれば顎まで水につかり、満潮と干潮を繰返しながら、衰弱して死んでいく。波の描写は少ししかない。引き潮のときには、村の女オマツとその姪が二人を憐れみ、役人の許しを得たうえで、小舟で干し芋を二人のもとへ持っていき食べさせようとする。だがイチゾウにはもう食べるだけの体力がない。モキチは早く死にたいからなのか、芋を食べない。オマツと姪は泣きながら浜に戻る。映画にこんな場面はない。大波が顔を打つのみである。
 小説『沈黙』がこの場面で描いているのは、貧しい百姓が殉教する姿への憐れみであり、哀しみである。映画『沈黙』は殉教者の信仰の強さを描き出している。イチゾウとモキチの表情は、苦しみながらも毅然としている。主の名を呼んでいる。そして最後に息絶える。信仰の強さを表現するためにこそ、荒々しい海の迫力映像を描き出したのだ。「あの場で私たちが触れたのは神の存在そのもの」と後にスコセッシ監督は語っている(NHKBS1スペシャル『巨匠スコセッシが“沈黙”に挑む』1月2日・再放送7日・・・以下の記述では「BSスペシャル」と略記する)
 キリスト教と異文化の格闘、そこで貫く信仰の強さ、スコセッシ監督が表現したいことの核心である。
 スコセッシ監督は小説『沈黙』の英語版(2007年)の序文で次のように書いている。

 

 キリスト教は信仰に基づいていますが、その歴史を研究していくと、信仰が栄えるためには、常に大きな困難を伴いながら、何度も繰り返し順応しなければならなかったことが分かります。これはパラドックスであり、信仰と懐疑は著しく対照なうえ、ひどく痛みを伴うものであります。(映画パンフレットより孫引き)

 

 ここでいう「懐疑」とは、沈黙する神への疑念である。
 神の沈黙は原始キリスト教でも大問題であった。
 イエスが十字架に釘打たれて刑死したとき、神は沈黙していた。弟子たちは神の沈黙にとまどったが、イエスの復活という解答を見出して、このとまどいを克服した。イエスは神の子キリストとなった。
 紀元70年にローマ軍の総攻撃によって火蓋をきったユダヤ戦争で、エルサレムの城内は灰燼に帰した。女も子供も多数虐殺され、城内は死屍累々の地獄絵のようだった。神殿も燃え落ちた。ユダヤ教徒に与えた衝撃は大きかったが、原始キリスト教団にも「神はなぜ沈黙しているのか」「キリストはなぜ再臨しないのか」という問いを突きつけた。この疑念を克服できず脱落する者がある一方、不合理ゆえに信仰を深める信徒たちがより絆を強くした。
 信仰とは本来不合理なものである。信仰の有無は、不合理性を受け入れるか否かの問題でもある。神の沈黙ゆえに神の実在を信じない合理主義者は無神論に向かう。教派は違っても、ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』でロシア正教の精神世界を背景に、無神論者イワンが熱弁を振るっている。罪を犯した大人ならともかく、無垢な子供まで正視に耐えないようなひどい虐待を受けているのはどういうことだ、神がこの世界を創造したというのなら神こそ罪を犯した張本人ではないか、と。
 20世紀の二度の大戦の惨禍も、現代のキリスト教徒たちの間に、沈黙する神への懐疑をふくらませた。そして21世紀にも。
 スコセッシ監督は『沈黙』を今映画化する意義を次のように語っている。

 

 それは今この時代の、この世界においてこそ、作らねばならなかったということです。特に、人々の信仰のあり方が大きく変わり、それを疑うようになり、宗教的な組織や施設にも、おそらくは懐疑の目が向けられている、今の世界だからこそです。その中では信仰心も変わるのかもしれません。だから、このような映画を作り、世に送り出すことで、人々に何かを考えさせる機会になるかもしれません。あるいは、この物欲にまみれた世界では、忙しすぎて誰も目をくれなくなったことを、再び差し出せるかもしれません。(映画パンフレット・インタビュー記事より)

 

 マーティン・スコセッシはイタリア移民の子で、ニューヨークのリトル・イタリーで生まれ育ったカトリック教徒である。リトル・イタリーはマフィアとギャングの街である。少年時代の夢は神父になることだった。
 遠藤周作マーティン・スコセッシは、神の沈黙にもかかわらず信仰をより深める道を模索したいという問題意識を共有している。だからこそ、スコセッシは1988年に『沈黙』を初めて読んでのめりこみ、様々な困難がありながらも、映画化したいという意欲を持ち続けて今日に至ったのだ。遠藤が他用でニューヨークに赴いたとき、スコセッシが面会を申し込んで映画化の承諾を得たのは1991年のことだった。

 映画に戻ろう。
 布教を目的として日本に向けて旅立ったポルトガルの司祭セバスチァン・ロドリゴと同僚の宣教師ガルペは、中継地のマカオで、恩師クリストヴァン・フェレイラ教父が日本で拷問に屈して棄教したという情報に接する。


(注)小説では、ロドリゴたちはポルトガル出発前にこの情報を得て驚愕している。


 あのフェレイラ師に限ってそんなことはあり得ない、直接会って確かめたいという強い気持ちに若い司祭たちはかられる。マカオの教会の神父は、日本がキリスト教を禁圧していること、残忍な拷問や処刑が実施されていることから、日本への渡航は危険だと、思いとどまるよう説得する。ロドリゴとガルペは説得を振り切り、キチジローの手引きで長崎の僻村トモギ村に渡る。その後ロドリゴとガルペは、リスク分散のため、別々の地に向かう
 キチジローの裏切りで囚われの身となったロドリゴは、長崎奉行井上筑後守の策略により、フェレイラと面会の場を持たされる。フェレイラは既に棄教し、日本名と妻を与えられて、奉行所の意向に従った仕事をしている。科学知識を授け、キリスト教を否定する書も著している。フェレイラ改め沢野忠庵である。
 フェレイラはロドリゴに棄教を勧める。日本の精神風土は沼のようで、キリスト教は根づかないという。禁圧がなかった時代にも、キリスト教は日本に根を下ろしたように見えて、実は日本の土俗の宗教に変容してしまったのだ、とフェレイラは語る。ロドリゴはフェレイラに失望し軽蔑する。
 日を改めて、ロドリゴの牢の傍、奉行所の中庭で五人の百姓たちが残忍な穴吊りの拷問を受け苦しんでいる。穴の中に逆さに吊るされ、延命のため耳の後ろにあけた小さな穴から血を一滴一滴たらしつつ、数日間苦しみながら最後には死ぬ。穴の下は便槽のようである。ロドリゴは彼らの呻き声を聞いて耐えられない。
 フェレイラが来て、ロドリゴを説得する。百姓たちは既に転ぶことを役人に誓っている、だが拷問は続くのだ。ロドリゴに踏絵を踏ませることが目的の拷問だからである。ロドリゴが踏絵を踏めば彼らは救われるのだ、とフェレイラはロドリゴを説得する。キリストがこの場にいたならば彼もきっと棄教するだろう、と。
 ロドリゴが踏絵のキリストの顔を踏まんとしたとき、神は沈黙を破り、神の子キリストがロドリゴに語りかける。ここまでは小説と映画はだいたい同じだ。その声を聞くロドリゴの、小説と映画での感性の違いについては、先に述べたとおりである。
 映画では、棄教後のロドリゴとフェレイラが奉行所の仕事で作業中に、二人が会話を交わす場面がある。「心を裁けるのは主だけだ」とフェレイラ改め沢野忠庵が呟く。フェレイラは完全に棄教し、ポルトガルイエズス会では許しがたい背教者として断罪されている。そのフェレイラの呟きである。聞き咎めたロドリゴが「“主”と言われましたね」と返す。フェレイラは「聞き違いだよ」ととぼけて立ち去る。
 小説にはないちょっとした場面だが、フェレイラの心の奥にまだ信仰の種火があることをスコセッシ監督は描こうとしている。
 棄教後のロドリゴは岡田三右衛門という日本名と妻を与えられる。岡田三右衛門は亡くなった武士の名で、与えられた妻はその未亡人である。小説ではこの辺の記述はあっさりとすまされる。妻の具体的な描写は一切ない。
 江戸に移されたその後のことは、切支丹屋敷役人日記という史料の形をとった数頁で紹介され、三右衛門が64歳で罷り無量院において仏式で火葬されたことが報告されている。戒名も与えられている。
 小説では岡田三右衛門の妻の描写は一切ないが、映画では映し出される場面が三回ある。最後は三右衛門の葬儀の場面で登場する。せりふはない。一般にせりふのない演技は難しいものだが、黒沢あすか演じるこの妻はしかもずっと無表情である。なおかつ、存在感がある。なかなかの演技である。
 遺体は座棺に納められ、僧侶の読経があり、妻は線香をあげ手を合わせる。そして仏式の所作に従い、小さな守り刀を白布に包んで納棺する。棺は火葬場に運ばれる。棺桶が火に包まれるなか、座棺の中がクローズアップされる。三右衛門の掌には小さな十字架のキリスト像が乗せられている。妻が役人の目を盗んでそっとしのばせたのだろう。

 これがこの映画のラストシーンである。小説にはないスコセッシ監督のメッセージである。この徴(しるし)はロドリゴがパードレ時代から肌身離さず持っていたもので、牢内の場面でも伏線として映し出されていた。
 ネット上のレヴュー欄をチラ見すると、このラストシーンに対して、原作を歪めるなという批判があった。【はじめに】で述べたように、小説と映画はそれぞれに独立した作品だから、これでいいのである。
 私は残念ながらスコセッシ監督のことをよく知らない。特に映画ファンというほどでもないので、この巨匠の作品を観たのは『沈黙』が初めてである。スコセッシ監督若き日の作品『タクシードライバー』(1976年)が先日BSで放映されたので録画したが、時間の余裕がなくまだ観てない。
 その狭い範囲での感想だが、スコセッシ監督と遠藤周作はどちらも弱い人間にとっての信仰という問題意識を共有しているが、その方向性は違っている。遠藤の場合は、先に述べたように「母」の回復とカトリック信仰が内面で相克している。スコセッシ監督の場合は、困難に打ち返されながらも信仰を持ち続けたいという強い意思である。
 遠藤は日本人であり且つカトリック者であることに苦悩した。スコセッシ監督は、アメリカ社会でカトリック教徒であることにどのような相克をかかえているのだろうか。それについて私はまだ何も知らない。今後他の作品をもっと観る機会があれば考えてみたい。
 スコセッシが小説『沈黙』に出会ったのは1988年で、それは大司教からのプレゼントだった。当時彼はイエスを主人公とした映画『最後の誘惑』を完成したばかりで、イエスの人間的側面を描いたこの映画は公開後物議をかもすことになる。アメリカのキリスト教徒たちは憤激し、各地で抗議のデモが頻発した。映画館のスクリーンは切り裂かれた。この怒りはヨーロッパのカトリック教徒たちにも波及した。スコセッシ受難の時代である。私は当時TVのニュースや雑誌の記事でそれを見ていた記憶がある。
 この頃からスコセッシは小説『沈黙』にのめりこみ、何度も繰り返し読み込んだ。映画化にあたってはスタッフや協力者たちとチームで読み込んだ。
 神への懐疑の克服と信仰の回復、これがスコセッシ監督が四半世紀にわたり小説『沈黙』を読み続けて希求したことである。

 

【弱き者への眼差し】
 ここまでの記述では、小説『沈黙』と映画『沈黙』の差異に目を向けてきたが、映画『沈黙』はスコセッシ監督が小説『沈黙』に大いなる共感をもって取り組んだ作品である。そういう視点からも考えてみよう。
 スコセッシ自身が信仰に挫折しそうな疑念に陥っていたとき、『沈黙』の何に強く惹かれたのか。それはキリスト教の女性的な側面への関心であったとインタビューで答えている(「BSスペシャル」)。

 スコセッシはシチリア出身の大変厳しい父と慈しみの愛を注いでくれる母のもとで育ったという。これは前に書いた遠藤の父への反発と哀しい母の姿への愛惜と相似である。
 遠藤は殉教した強き者たちよりも、転んだ弱き者たちへ共感を持っている。スコセッシもまた同じである。それがこの小説及び映画の核心である。スコセッシ監督は上のインタビューで、「キチジローは弱いがゆえにロドリゴの魂の救済者になる。あわれな男だが、私たちも同じ弱き者である」と言う。
 臆病で、卑怯で、あわれで、惨めな弱き者キチジローに対して、その惨めさを徹底的に描きながらも、ロドリゴに軽蔑されながらも、スコセッシや遠藤はキチジローを自分と同じ弱き者として共感をこめて描いている。
 キチジローにはかつて臆病さゆえに家族を裏切って踏絵を踏み、家族が火刑に処せられる光景を目の前で見たという心の深い傷がある。キチジローは己の弱さ、卑怯さを司祭ロドリゴに告悔し、ロドリゴはそれを聴聞して許しを授ける。しかしその舌の根も乾かぬうちに、キチジローはロドリゴを罠にかけ役人に売りとばす。役人に引き立てられようとするロドリゴにキチジローは「パードレ。ゆるしてつかわさい。わしは弱か。わしはモキチやイチゾウんごたっ強か者(もん)にはなりきりまっせん」と泣くように叫ぶ。(122頁) 映画でもほぼ同じような描写である。
 キチジローはこの後何日もの間、ロドリゴに執拗につきまとい、牢内の司祭に呼びかけて許しを求め続ける。棄教後のロドリゴ改め岡田三右衛門にも告悔と許しを求めて会いに来る。
 映画にあって、小説にはないキチジローのせりふがある。「強くなりたい」と言うのである。
 スコセッシ監督は「BSスペシャル」のインタビューで言っている。「(転んだ者は)努力すればいいのです。次はもう少し強くなるように。それが重要なのです。弱い人間は追放されて神の愛を受けられないのか? それは違うのです」
 ロドリゴは司祭としての義務感からキチジローの告悔に許しの秘蹟を与えるが、(映画でも小説でも)キチジローのうす汚さ、惨めさに嫌悪感を覚え軽蔑している。

 

 魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。そんなものは愛ではなかった。色あせて、襤褸(ぼろ)のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。司祭はそれを理屈では知っていたが、しかしまだキチジローを許すことはできなかった。ふたたび基督の顔が自分に近づき、うるんだ、やさしい眼でじっとこちらを見つめた時、司祭は今日の自分を恥じた。(182頁)

 

 イエスがユダに言った言葉、「去れ、行きて汝のなすことをなせ」――群衆の気持ちがイエスに幻滅し憎しみに変わったとき、最後の晩餐でイエスに反発したユダに投げかけたイエスの言葉の真意が、小説中のロドリゴにはよく理解できない。だが後年の遠藤周作は、イエスにはユダへの憎悪はなく、ユダを含むすべての惨めな者への同伴の気持ちがあったと、この言葉を解釈している(1973年『イエスの生涯』より)。
 ロドリゴが棄教し岡田三右衛門と改名しても、キチジローは告悔を求めて切支丹屋敷を訪ねて来る。既に棄教した三右衛門に告悔を聴聞することはできないが、この頃のロドリゴにはキチジローに寄り添う気持ちが、小説でも映画でもそこはかとなく表現されている。「最も軽蔑する人が自分の教師であり、イエスの教えをもたらす人なのです」とスコセッシ監督は言う(「BSスペシャル」)。
 ロドリゴと同僚の司祭ガルペの描き方をみてみよう。二人が最初に身を潜めたトモギ村から代表三人(映画では四人)が明日奉行所に出頭し、踏絵の取り調べを受けることになっている。ロドリゴは憐憫の情から、方便として「踏んでもいい」と、司祭として口に出してはいけないことを叫んでしまう。小説でのガルペは咎めるようにロドリゴを見つめ、映画でのガルペは「それはだめだ」と叫んでロドリゴと言い合いになる。
 後日浜辺でロドリゴとガルペは久々に再会する。二人ともそれぞれ既に囚われの身である。ガルペと関わりのある百姓たち三人の処刑が今始まろうとしている。百姓たちは俵の薦(こも)で簀巻きにされている。役人は彼らを小舟で沖合に連れ出して海中に突き落とす算段である。百姓たちは既に踏絵を踏んで転ぶことを誓っているが、許されない。ガルペ自身が転びを誓った場合にのみ自由の身となるのであり、役人たちはガルペを説得する。ロドリゴは遠くからその光景を眺めて「転んでいい」と心の中で叫ぶ(映画では声を出して叫ぶ)。だがガルペは役人の説得に応じず、百姓たちは海中に突き落とされる。ガルぺは「私を身代わりにしろ」と必死に叫んで舟に駆け寄ろうとするが、溺死してしまう。ガルペは殉教した。百姓たちを見殺しにして。
 つまりガルペは正しいカトリック司祭なのであり、殉教者には天国での栄光が約束されている。小説も映画も、ガルペという人物をロドリゴと対比するために登場させているのである。
 ロドリゴは、沈黙する神への疑問にしばしば悩まされながらも、信仰を貫いている。しかし最後には、苦しむ者たちへの愛から、踏絵に足をかけて転ぶ。既に引用したとおりである。
 司祭としての道を誤った弱き者ロドリゴへの共感をもって作品を創造したのは、小説と映画の核心的共通点である。
 英語版の小説『沈黙』には誤訳が多いと、ヴァン・C・ゲッセル教授は指摘する(「BSスペシャル」)。ゲッセル教授はアメリカの遠藤周作文学研究の第一人者で、スコセッシ監督の文学アドヴァイザーを務めた人である。「白湯」を「tea」と訳す程度の小さな間違いにとどまらない。看過できない大きな誤訳があると言う。井上筑後守ロドリゴに転ぶことを説得する場面で、原文の「転ぶ」を英語版では「apostatize(背教)」と訳している。「背教」は神への完全な反逆を意味するが、「転ぶ」は「fall down」であり、転んだ者はまた立ち上がれるのだ。井上筑後守や役人たちは、踏絵を前にした百姓たちに、さらにはロドリゴにも、「形だけでよいのじゃ。そっとかすめる程度でもいい、形だけじゃ」と繰り返し言っている。日本人のこのいい加減さと、西洋思想の厳格さとの対比もおもしろい。
 「転ぶ」はかならずしも「背教」を意味しないから、「信心戻し」といってかくれ切支丹が今日まで続いていることは既述した。
 遠藤周作がかくれ信徒の母なる神への信仰に共感を持っていることは、本稿【母なるもの(2)】で詳述した。遠藤は日本人カトリック者としての己が苦悩をロドリゴに託して描いたのだが、その行きついた先は「父なる神」への信仰の回復ではなく、母性への回帰であったと私は理解している。「あなたを一生、棄てはせん」と言った相手、犬のような顔をして泪を流している「あの男」は母なる神キリストではなかったか。
 スコセッシ監督は、先に書いたように、やはりキリスト教の女性的側面に関心を持ってこの作品に取組んだ。キリスト教聖母マリア崇拝は、プロテスタントよりも、カトリックにおいてその傾向が強い。しかしそのカトリックにおいても、聖母マリアは神ではない。神、キリスト、精霊の三位一体の中に聖母マリアは含まれない。カトリック信徒にとっての聖母マリアは父なる神への取り次ぎ役である。
 日本のかくれ信徒のマリア信仰は、やはり恐ろしい父なる神への許しを請うて取り次ぎを祈るものであったが、日本の土壌にある観音信仰と祖先崇拝に飲み込まれて、母なる神を祈る信仰に変容していった。
 スコセッシは、キリスト教の女性的側面に頼りつつ、父なる神への信仰を貫こうとしている。映画のラストシーンに、スコセッシ監督のそのメッセージがこめられている。
 遠藤周作は母性に回帰し、マーティン・スコセッシは父なる神への信仰を取り戻した。
(了)