月下独酌

書き手:吉田勇蔵  diary「日居月諸」もご高読賜りたく→http://y-tamarisk.hatenadiary.com/  twitter@y_tamarisk

オープンマインドな憲法論議を         ――「憲法マップ」への疑問

 やや旧聞に属するが、4月に発売された『正論SP』(産経新聞社発行の月刊誌『正論』の増刊号)の巻頭近くの色刷りページに、『政治家と知識人 憲法マップ』が掲載されている。政治学者・岩田温氏の作成監修の図で、同氏の解説が付されている。左から右へ「護憲派改憲派」の横軸と、下から上へ「アメリカに不信―アメリカに協調的」の縦軸が設定され、4つの象限に36人の知識人と政治家及び1つの政党(公明党)の名が配置された二次元図である。
 憲法論者を4つの象限に分類し位置付ける試みは、今回の『正論SP』が初めてではない。2004年に月刊誌『諸君!』に(作成者:小林節遠藤浩一・宮崎哲哉各氏)、2005年に月刊誌『正論』に(作成者:木村正人氏)、それぞれ同種の図が掲載されたようだが、その雑誌は今手もとにないので、ここでは確かめない。ジャーナリスト東谷暁氏の著書『不毛な憲法論議』(2014年)の154-155頁にも同種の図があるので、それを参照してみよう。
 東谷氏の場合は4分類では不十分と考えたのだろう、縦軸の定義を変え、2種類の図が用意されている。図Ⅰでは横軸が「人権―伝統・歴史」、縦軸が「反アメリカニズム―親アメリカニズム」と設定され、図Ⅱでは横軸は図Ⅰと同じく「人権―伝統・歴史」であるが、縦軸は「護憲論―改憲論」となっている。
 『正論SP』の分布図は基本的に4分類があるだけで、それぞれの象限内での位置は問題とされない。「より右」とか「より上」という意味は与えられず、象限内では名が五十音順に並べられているだけである。ただし軸上に位置付けられている名が2つあり、ゼロという場合にのみ数値が有意になるようである。
 東谷氏作成の図の場合は、各象限内での位置も有意となっている。たとえば横軸に沿って右へ行くほど伝統・歴史を尊重する傾向が強いことを意味する、というぐあいにである。
 このような憲法論マップはどのような目的で作成されたのであろうか。
 東谷氏の著書『不毛な憲法論議』は、日本国憲法誕生以降の様々な憲法論議を概観したうえで、改憲論と護憲論それぞれに内在する欺瞞を抉り出し、なぜそのような欺瞞が生じるのかを考えようとした書である。それによって「国民主権」「平和主義」「基本的人権」といった日本国憲法の根幹にある思想を考え直してみようという志を持った書である。その論考の流れのなかで記述を整理する意図があったのだろう、それぞれの思想傾向の代表者の名をマップに位置付けたものと思われる。著書全体の流れの中で、特段重要なページとも思われない。参考までにという程度の図であろう。
 翻って『正論SP』の巻頭近くに置かれたマップは、その目的が不明である。作成者岩田氏の解説文にも、このマップの目的は書かれていない。しいていえば解説文の末尾にある次の一節が、目的らしきものかもしれない。

 

 日本国憲法護憲派にせよ、改憲派にせよ、さまざまな立場が存在しており、それぞれの立場の論者が合従連衡を繰り返すかのように議論を展開してきた。憲法改正についての議論が盛り上がりをみせつつある現在、果たして、読者はいかなる立場を支持するのだろうか。小論が憲法を巡る思考の整理に役だてば幸いである。

 

 さまざまな論者の立場を、「護憲派改憲派」及び「アメリカに不信―アメリカに協調的」の横軸・縦軸によって4分類してみせることが、どうして読者の思考の整理に役立つことになるのか、私には理解できない。ただのラベリングではないのか。そしてそのラベルは適切なものだろうか。
 ラベル(4種及び軸上)の妥当性、そしてラベリングという行為そのものの言論界における意義、この2点について以下考えてみたい。

 

 憲法について発言をしてきた政治家や知識人はおびただしく存在している。『正論SP』では、そのうちから36人の個人(政治家9人、憲法学者6人、その他知識人21人)と政党1つ(公明党)を選んでマッピングしている。その人選の客観性や妥当性についても疑問があるのだが、それについてはここでは立ち入らない。
 読者はこのマップを見て、たとえばP氏はアメリカに協調的な改憲派なのだなと認識するわけだ。「何を今さらわかりきったことを」と思う読者もあれば、「そうだったのか」と知る初学者もいるのだろう。それ以上に、P氏は「そんな紋切り型のレッテルを私に貼らないでもらいたい」と不快に思うのではないだろうか。
 ある論者が「アメリカに不信―アメリカに協調的」のどちらに位置するのかを、岩田氏は何を尺度に判別しているのだろうか。たとえば憲法学者小林節氏はこのマップで「アメリカに不信」グループに位置付けられているが、前記東谷氏作成のマップの図Ⅰで同氏は「親アメリカニズム」の極北に位置しているのだ。東谷氏は、政治的スタンスではなく思想レベルの傾向によってマップを作製したと注釈を入れている。岩田氏は政治的スタンスに主眼を置いているのだろうか。
 ならば、既に鬼籍に入っているが、たとえば江藤淳の位置付けは岩田氏作成のマップでいったいどうなるのだろうか。江藤淳は1996年4月の橋本・クリントン会談で得られた合意を、日米同盟の新たなステージとして積極的に評価した(『日米同盟 ―新しい意味付け』1996年.『保守とは何か』所収)。日米同盟をポジティヴに評価する政治的スタンスをもって、江藤淳は岩田氏作成のマップでは「アメリカに協調的」グループに放り込まれるのだろうか。草葉の陰で江藤はきっと歯噛みして悔しがるだろう。
 アメリカに蹂躙された日本への絶望と、そこからの日本の再生(アイデンティティの回復)を希求した志が江藤淳文学の核心にある。日本人の精神がアメリカニズムから脱却することを願いつつも、アメリカなしにはやっていけない日本の悲しさ、この二律背反が江藤淳の批評精神の源泉である。そしてこの二律背反への自覚は、形や程度の差はあれ、多くの良質な知識人が共有している。
 多くの日本人はアメリカに対して一筋縄ではいかない錯綜した思いを抱いている。そこにこそ知識人がものを考える契機があるというのに、「護憲派改憲派」と「アメリカに不信―アメリカに協調的」の2本の軸で形成される二次元平面は何と皮相的であろうか。そこで提供される4種のラベルは何とお子様的であることか。
 憲法の重要論点のひとつとして9条の改正問題があり、日本の防衛問題はとりもなおさず日米同盟のあり方への評価にも関わってくる問題であるから、この2本の軸の設定は分かりやすいといえば分かりやすい。
 だが9条が憲法のすべてではあるまい。憲法観の基本は国家観であり人権観である。この最重要論点が『正論SP』の「憲法マップ」に欠けているし、岩田氏の解説文もそれについてはほとんど関心を示していない。
 自民党憲法改正草案の最新版(2012年4月発表)は、日本が伝統的に形成してきた国柄に重きを置いて考案されている。そして「個人主義」への批判を含意しているのだろう、現行憲法の「個人」は草案では「人」と書き換えられ、「家族」の協力が強調される。このことと、近代民主主義国家の必要条件である西洋由来の人権思想との整合性が問題となる。伝統的国柄の強調は、法と道徳の区別の原則に抵触するおそれもある。
 憲法論者を二次元平面に分布させたマップなど、誰の作成であれ、特につくる必要もないと思うのだが、あえてつくるのなら、「西洋由来の人権思想―日本伝統の国柄」の対立軸は設定したほうがよい。その問題意識が完全に欠落している『正論SP』の「憲法マップ」が提供してくれるラベルは、分かりやすいが深まりへの示唆がない。

 

 『正論SP』は「高校生にも読んでほしい そうだったのか!日本国憲法100の論点」との副題がついたスペシャル号である。7つの章(第8章は資料)すべてが改憲派の論客によって書かれている。産経新聞で2年近く週1回連載された『中高生のための「国民の憲法」講義』を土台とした編集である。
 かつて『週刊こどもニュース』という番組があった。池上彰氏などがお父さん役を務めたニュース解説番組で、NHKTVが土曜日の夕刻に放送していた長寿番組だった。年数を経るにつれ、子供の視聴者がどんどん減り、逆に高齢の視聴者が増加する一方で、ついに番組打ち切りとなったという。
 月刊誌『正論』は主として中高年の読者によって支えられている雑誌だが、「高校生にも読んでほしい」と表紙に謳った『正論SP』はどれほどの若者たちに読まれたのだろうか。『週刊こどもニュース』と同じようなオチがないことを祈っている。
 巻頭近くに「憲法マップ」を置いた編集意図は何なのだろうか。東谷氏作成の「憲法論者マップ」は、先述のように、著書全体の論考の流れのなかで補足的に置かれたものである。『正論SP』巻頭近くの「憲法マップ」は、本文全体とのつながりもあまりなく、唐突感がある。こういうページがあるのも面白いかな、という程度の編集意図なのだろうか。編集者の意図は別として、作成者は初学者へのガイダンスのつもりだったのかもしれない。それは私の推測にすぎないのだが、もしガイダンスとしてならば、いったいどのように役立つのだろうか。「P氏はアメリカに協調的な改憲派である」とP氏にラベルを貼ったところで、何のガイドになるのだろうか。もちろんP氏やQ氏・・・の持論については、解説文のなかで簡単に説明されてはいる。ならば、憲法学者護憲派の泰斗である樋口陽一氏をマッピングしておきながら、氏の持論について解説文で一言もないのはどういうわけなのだろうか。マッピングされた人たちのなかでも、樋口陽一氏は特に重要な憲法学者だと思うのだが。 樋口氏の憲法観を簡潔にでも紹介すれば、拙文で上に述べた国家観、人権観に読者を導くきっかけとなったろうに。
 憲法論議のなかでの最重要の軸を欠いていることは措くとしても、流行りの部分にだけ焦点を合わせたマップを概観しておけば、初学者はいっぱしの論壇通の気分になれるのかもしれない。そういう人たちが「分かりやすくて役に立ちました!」と賛辞を送るのだろう。
 それが編集者の目的なのか。憂うべき軽薄な言論空間である。
 改憲派護憲派と単純に二分されるだけでなく、左からの改憲論や現行憲法無効論などもあり、憲法論議は百家争鳴の状態である。そのへんについては『正論SP』の「憲法マップ」でも苦心と工夫のあとが見られ、作成者の解説文もその複雑さを解きほぐそうとしている。
 百家争鳴はまことに結構なことなのだが、問題は議論が深まらずに憂うべき軽薄な言論空間ができ上がっていることである。一見議論が活発に交わされているようにも見えるのだが、反対論を自分の中で咀嚼し、それを踏まえて自説をさらに深めていこうとする姿勢があまり見られない。もちろん個々には色々な論者がいる。建設的に議論が進むケースもあるのだが、趨勢としては論敵を不当に低く貶め、従って自説を反対論によってより豊かにしていくという姿勢を持たない論者が優勢である。左でも右でも同じような状態だ。
 私ごとを言わせてもらえば、私は9条を含めて憲法を改正すべしと考える者であるが、自分の書棚の憲法関連本のコーナーを眺めると、改憲論者の本よりも護憲論者の本のほうが多い。憲法論に限らず、自分の考えを後押ししてくれる著者の本よりも、自分と異なる考えを展開している著者の本を読むほうが楽しいのである。理由は「楽しい」につきる。格闘して結果的に自分の栄養になることもあるのだが、最初からそんなことを意図しているわけでもない。もちろん良質な著者の本に限る。良質か否かは、費用と時間を無駄にしてでも自分で模索していくしかない。
 閑話休題。安倍首相を憲法破壊者として常日頃から非難し続けているある憲法学者の本を読むと、自民党改憲勢力を「改憲マニア」と呼び、昭和10年代のファシズムに郷愁を覚えてそこへの復古を目指している三世議員たちだと決めつけている。レッテル貼りと決めつけからは議論が生まれない。仲間内や信者から喝采を受けるだけである。この憲法学者はまた、ある会合で同席した改憲論者に反論を加えたとき、彼女(著書では実名を明記)の顔面が蒼白になっていたとも書いている。蒼白かどうかは著者の主観(あるいは先入観)によるもので、客観的根拠もなく、著書で一方的にこのように論敵を貶める印象操作はフェアーではない。信者からは喝采を受けるのだろうが。この学者はきっと心の純な人で、昨今よほど思い詰めているのだろうなということは伝わってくる。だが、思い詰めた心の純な人というのは、小は日常生活の身の回りの諸案件においても、大は国家の進路においても、ときに厄介な存在になることがあるのだ。
 これはほんの一例である。左右を問わず、他者の論を必要以上に矮小化し貶め、独善に陥っている論者が多い。他者の論に心を開かない態度からは、実りある議論が生まれて来ない。実りある議論とは、お互いに思考の質が深まるような議論のことである。実りのない世界では、「憲法マップ」によるラベリングが「役に立ちました」と好評を博したりする。
 議論の質に実りがないと、どういう事態が出来するか。先にも少し触れた自民党憲法改正草案(最新版・2012年発表)を見てみよ。実りある議論が高まっていれば、こんな劣悪な草案が出てくるわけがないのだ。
 日本人自身がつくる憲法ということで、日本の伝統的な国柄を憲法に表そうという心意気は理解できる。だが、国民は「個人として尊重される」(現行憲法第13条)という規定を「人として尊重される」(草案第13条)と書き換える発想には何が含まれているか。これと草案第24条第3項を読み比べてみると、家族に関連する法律の中でのみ「個人の尊厳」が現行憲法第24条第2項と同様に認められているのである。草案第24条では第1項が新設され、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」と規定される。以上をまとめると、すべて国民は家族の中では「個人」であるが、国家の中では家族を背負った「人」であり、その次元ではけっして「裸の個人」とは認められないということだ。全体主義の芽をここに見ることができる。
 考えられる卑近な事例としては、家族が助け合っていなければ、第24条第1項違反となるので、草案第12条の「自由及び権利には責任及び義務が伴う」との合わせ技で、生活保護その他の保護が受けられなくなるおそれがある。
 家族の助け合いが麗しく望ましい姿であることにもちろん異存はないが、それは道徳の問題であって、法が立ち入るべき領域ではない。人の世には様々な家族があり、幸せな家庭もあれば不幸な家庭もある。仲睦まじい家族もあれば、憎しみを孕んだ家族もある。後者は憲法違反か。様々な陰影を孕んだ家族のもとで、様々な子供が良きにつけ悪しきにつけ性格と人格を形成して人となるのであり、全部が全部いつも明るく楽しい家族であれば、優れた芸術作品は激減するであろう。自民党憲法改正草案を考え出した人たちの人間観はそこまで薄っぺらなのか。法と道徳の区別は大学教養課程の法学通論あたりで学ぶ近代法のイロハだが、その程度の理解もないのか。
 日本の国柄を表す憲法をといっても、日本はひとり前近代に生きていくのではない。立憲主義によって近代国家の建設を志した明治の先人たちは、今と民主主義の水準が違うといえども、目指す方向性は「近代」であったはずだ。
 自民党憲法改正草案は復古主義の調べを奏でるのかと思いきや、前文で「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」と謳い、第83条第2項では「財政の健全性を確保すべき」と規定される。新自由主義者憲法を掲げて勢いづくだろう。時々の経済政策を縛る規定であり、その是非を云々する以前に、そもそも憲法で定めることではない。
 人々が9条にばかり目を奪われている間にこんな草案が作成され、多少の手直しがあるとしても、類似のものが改正案として発議されるかもしれないのだ。実りある議論が広汎に積み重ねられていれば、もっとまともな改正案が提示されていただろうにと残念に思う。論者の間で意見の主張は色々あっただろうが、それぞれの仲間内で受けてきたにすぎないのだ。自民党憲法調査会にも反対論者の意見が届いていたと思うが、ノイズでしかなかったのだろうか。

 実りある議論は、他者の論に敬意を払う精神から生まれる。人の意見を尊重するかのようなポーズをとる人はたくさんいる。ポーズと精神は別のものである。
 再び私ごとを言わせてもらうが、私が小中高生であった昭和30年代には、「私は民主主義者だから」と口癖のように言う大人を、身のまわりでよく見かけた。通っていた学校の教師などだ。今にして思えば、民主主義を崇高な道徳として理解した昭和20年代の余熱がまだ続いていたのだ。今ならさしずめ「私はリベラルだから」と言う場面だろう。当時は「リベラル」や「リベラリズム」は知識人専用の言葉であり、一般には流通していなかった。「私は民主主義者だから」のあとには「君の変な言い分も心を広くして聞いてあげよう」という意味が含まれているのが通常だった。で、その場では寛大な扱いを受けたりするのだ。だが、「私は民主主義者だから」とわざわざ口にする大人は十中八九狭量な心の持ち主であることを、私は子供心に動物本能で見抜いていた。本当に他者の意見に耳を傾ける精神を持った大人は、おのずから身に備わった徳で自然にそう振舞うのであり、けっして自分で自分にレッテルを貼ったりしないものだと、十代の終り頃には得心していた。
 今、SNSなどで様々な意見が飛び交うようすを見ていると、自分で自分にレッテルを貼って、この人はそのレッテルに支配されているなと感じることがよくある。「俺は保守だ」「私はリベラルよ」「愛国者だ」「反戦だ」・・・ 自己規定の枠内に閉じこもったまま、それなりに考えを積み重ねていく。気に入った論客に追随するが、自分に合わない意見の持ち主には嘲笑や罵倒を浴びせる。不自由な精神である。
 法哲学者・井上達夫氏の著書『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(2015年)はまだ読みかけたばかりなのだが、「寛容の二面」について書かれている。「寛容」の英語「トレランスtolerance」には「不快なことを我慢する」という意味も含まれている。自分と合わない信念に従って生きている連中は嫌な奴らだが、互いに不干渉で共存できるなら、まあ我慢して許してやる、というニュアンスがトレランスという言葉には含まれている。それに対し日本語の「寛容」は「寛く容れる」という意味で、トレランスではなく「オープン・マインデッド open-minded」である。意見の異なる他者を受け容れると、自分のアイデンティティを危うくするおそれもあるが、あえて前向きに受け容れようという度量が「寛容」のポジティヴ面であるという。その度量があれば、相互批判を通じて自分を変容させ、精神の地平が広がるだろうと。
 「議論の実り」ということを上に長々と書き述べてきたが、そのためには論者も読者もオープンマインド(和製英語に言い換えた)な度量で議論に臨むことが大切であろう。

 

 『正論SP』で「憲法マップ」を作成した岩田温氏はリベラルな立場で保守思想を志向する政治学者である。であればこそ、こんなマップはさっさと片付けて、いずれ発議されるかもしれない自民党憲法改正草案に垣間見える全体主義の芽に批判の眼を向けてもらいたいものだ。
(了)