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月下独酌

書き手:吉田勇蔵  diary「日居月諸」もご高読賜りたく→http://y-tamarisk.hatenadiary.com/  twitter@y_tamarisk

谷崎潤一郎・入門の記

 

 もうずいぶん昔のことになってしまったが、20代の半ばに谷崎潤一郎の『細雪』を読んだ。

 私は高校生から大学1年生ぐらいまでの間は、人並程度には小説の類も読んでいたのだが、大学2年生からの4年間は文学作品に触れることがほとんどなかった。再び読むようになったのは卒業して1年ぐらいを経てからのことだった。仕事の余暇を利用しての読書だったのでさほど沢山は読めなかったが、それでも読書は大きな楽しみだった。

 『細雪』を読んだのはその頃である。内容はほとんど忘れてしまったが、面白く読んだ記憶は残っている。だがそれでこの作家に特に興味を持ったということはなく、とても高名な作家だという凡庸な知識以外には、何の関心も持たないまま40余年の歳月を経た。つい最近までだ。

 ところが先日谷崎の初期作品を収めた文庫本を1冊読んだだけで、突然この作家への関心がむくむくと湧き上がってきた。すこぶる面白かったのである。

 いったい今さらなんで急に谷崎潤一郎を読もうと思い立ったのか、ほんの1週間ほど前のことなのによく思い出せない。認知症でもない(そう思う)のに奇妙である。利用したネット書店では購入代金1,500円以上で送料無料になるので、3冊まとめて注文したことは覚えている。新潮文庫で『刺青・秘密』『痴人の愛』『春琴抄』の3冊である。

 何ものかに導かれて、谷崎潤一郎に再会したような気がする。だいたい出逢いというものはいつも何かに導かれて生じるものなのだ。

 けしてオカルト話をしようとしているわけではない。「何ものか」というのは私の潜在意識にある「何か」である。どこかで何かの拍子に谷崎潤一郎の名が私の脳にひっかかり、特に意識しないままそのひっかかりが成長していたのだろうと思う。

 

 『刺青』(明治43年)は谷崎24歳の処女作品である。冒頭の一文を下に引用する。

 

それはまだ人々が「愚(おろか)」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。

 

 処女作にはその作家の本質が顕れていることが多い。そして一般に小説の書き出しには、その作品の核心を象徴するような一文が置かれることも多い。

 「それはまだ人々が「愚(おろか)」と云う貴い徳を持って居て・・・」―― 何という素敵な書き出しなのだろう。

 まだ読んでないが、『痴人の愛』とか『瘋癲老人日記』などの題名を見ただけで、愚かさへの谷崎の偏愛を予感させる。

 新潮文庫の『刺青・秘密』には、表題作を含め、初期の短編と中編が合わせて7編収められている。そのうちの中編『異端者の悲しみ』(大正6年)はこの作品集の中で異色の作品である。他の6編はいずれも特有の美意識で構築された虚構の世界を描いているのだが、『異端者の悲しみ』だけがほぼ事実に即した自叙伝である。美的雰囲気はなく、陰惨である。

 『異端者の悲しみ』は谷崎がまだ文壇デビューをする前の、自堕落で荒んだ生活をしていた日々を描いた私小説だ。親戚から学費の援助を受けて東大国文科に在籍していたが、学業を怠けてろくに出席せず、昼まで寝て、夜は酒色に溺れている。家族が寝静まった深夜に台所の料理用酒を盗み飲みするようなアルコール依存症でもある。級友たちからは遊興費を借りまくったうえで踏み倒し、軽蔑され、卑屈におどけてみせる。一家は貧しい長屋暮らしで、甲斐性無しの父親、気位が高く家事怠慢な母親、そして肺病で余命幾許もない寝たきりの妹(16歳)と一緒の4人家族である。妹の薬代は親戚の援助を受けているが、入院させるだけの経済的余裕がない。

 父は、昼になってもいぎたなく眠りこけている息子の尻っぺたを足で揺すって、涙ぐみながら説教をする。息子はそんな父を軽蔑しながらも、肉親としての情を断つことができない。

 

父を軽蔑すると云っても、勿論積極的に悪罵を浴びせたり、腕を捲ったりするのではない。それが出来るぐらいなら、彼は恐らく父に対して、これ程の不愉快を抱かないでも済んだであろう。父を全然他人のように感じ、他人のように遇する事が出来たなら、彼はもう少し仕合わせになり得る筈であった。自分を罵る者が他人であったなら、彼は容赦なく罵り返してやるだろう。誤解する者が他人であったなら、彼は直ちに弁解を試みるであろう。憐れな者、卑しむべき者、貧しき者が他人であったなら、彼はその人を慰め、敬遠し、恵む事が出来たであろう。場合に依ってはその人と絶交する事も出来たであろう。ただただその人が彼の肉親の父である為めに、殆んどこれに施す可き術がないのである。(『異端者の悲しみ』)

 

 章三郎(谷崎自身がモデル)は生意気な妹が小憎らしくて毎日のように悪態をつきあう。ある日、家族が隠してしまった料理用酒を探す章三郎を布団の中から妹が咎める。「あまっちょめ、生意気な事を云やあがるな!」と激昂した章三郎はさらに言葉を続け、「もうすぐ死んでしまうくせに」という禁句をすんでのところで呑み込む。さすがにその言葉は発しなかったものの、以心伝心、妹は氷のような冷ややかな瞳で兄を見つめる。妹に対してほとんど憎しみの感情さえ持っていた章三郎だが、彼女の臨終に際しては、悔恨の気持ちが、直接には書かれていないものの、行間にあふれている。この臨終の場面の描写は秀逸である。

 父に対しても、妹に対しても、肉親ゆえの憎悪と情愛のアンビヴァレントな感情が章三郎(=若き日の谷崎)の中で蠢いているのだ。健全(?)な家庭で育ってきた人にはよく理解できない苦悩だろう。親子が友だちのような仲で、思春期の反抗が微笑ましいエピソードとして語られるような健全な家庭で暮らす人たちは、谷崎のこの作品をもし読んだとしても、眉をひそめたくなるような不快感で受け止めるだけだろう。だがとにかく「ノーベル賞候補にもなった偉い作家」だそうだということで、谷崎潤一郎の名だけは崇拝の対象としている人たちも多いにちがいない。

 

 上記新潮文庫所収の他の6編は、不徳、残酷、恐怖、屈辱、卑屈などの劣情が絢爛たる美の装いをほどこされて展開する。その美は読み手の官能を刺激せざるを得ない。通底する感情を読み解けば、谷崎はマゾヒズムの快感を求めているようでもある。

 言葉を紡いで創出される美は、読者の視覚と聴覚を刺激する。夢幻の世界を描いた『母を恋ふる記』(大正8年)は海辺近くの闇夜と月夜を微にいり細にわたり視覚的に現出させると同時に、様々な音を描写した音楽的魅力も備えている。さらには嗅覚を刺激する場面もある。飯の炊ける匂いが、ほんとうに行間から立ち昇ってくるのだ。

 そして特記したいことは、これらの作品の娯楽としての面白さだ。作者は明らかに読者におおいに楽しんでもらおうとしている。人間の心の深遠を描くことと娯楽は両立するのだ。優れた作家のみが為し得る技だろうが。

 「これあんまり面白くなさそうだから、とばしてしまおうか」と根拠なき先入見をもって読み始めた『二人の稚児』(大正7年)など、あにはからんや、すぐに引きずり込まれ、わずか30数ページの短編にもかかわらず、物語の面白さを堪能させてくれたのである。

 

 まだ文庫本1冊で7つの短編と中編を読んだだけである。谷崎文学の入り口でしかない。だからこの文章のタイトルは「入門の記」なのである。この先どんな世界が広がっていくのか楽しみである。

 いくつかの予感がある。前記の「愚かさへの偏愛」も予感のひとつである。マゾヒズムもそうである。『母を恋ふる記』で描かれた母性への憧憬は、後の谷崎文学でどのような女性観に通じていくのかという興味もある。

 なお『母を恋ふる記』の最後の1ページは余計で、興醒めである。夢幻のまま閉じればよかったのにと惜しまれる。

 それはさておき、『母を恋ふる記』に最初は後ろ姿で登場する「母」は不気味な美女で、「七つか八つの子供であった」潤一少年はそれを狐の化物かと思ってしまう。しばらく続く不気味な場面の描写は、読者に、怖い怪談を読んでいるような恐怖心をも呼び起こす。私は読んでいて、ユング心理学のいうグレート・マザーを連想してしまった。子を呑み込み死に至らしめる母性の危険な側面だ。やがて美女は「母」であることを明らかにし、潤一少年を抱きしめる。潤一少年も抱擁のなかで甘美な気持ちに包まれる。これは気高い母性の描写であると同時に、恋人への思慕の描写でもあり、そして危険なグレート・マザーの出現でもあると思う。

 「入門の記」の段階でこれ以上妄想を膨らませるのはやめよう。あとは、もっと読んでから。

                            (とりあえず了)